第5話 記録⑤ フィンランド出身のリーマン

 初めて赴任したというお客様が来る時もある。その内のひとりはフィンランド出身だ。まだ来日したばかりなので、コミュニケーションは英語を使うことになる。俺が出来る限り日本語に翻訳して、分からないところはネット先生を使う。そういう形なのだ。


「服ならこっちでお預かり出来ますけど」


 シャツ。ズボン。ジャケット。どれも仕事で使うものばかりだ。オフィスワーカーだが、汗っかきなのか匂いがとても強かったと記憶している。あの時はcanやbutを中心に使っていたはずだ。簡単な英語しか出来なかったので。


「靴は出来ないですね」


 「これ高級メーカーのでしょう? 安い機械に放り込んだらダメになるわ」というのがおばちゃんの台詞。ランニングお姉さんの時と同じだったので、何となく察してはいた。問題はフォンランド出身のお客様がどう受け取るかだろう。


「おや。靴もやってくれると書いてたと思うが」


 キレたらどうしようとビビっていたが、この辺りの客層は穏やかだ。なので……ちょっと驚く程度が多い。伝えたいことは以下なのだが、


「ここで使う靴クリーニングの機械は丁寧に洗うものではないんですよ。ダメになってしまう可能性があって、保証ができないというのが私達の答えです。綺麗にしたかったら、ここと同じ会社の靴専門をご利用ください」


 英語になると確実に小学生レベルになる。シューズクリーニング。ノット。その他諸々。正直どこまで翻訳出来ているのかが怪しい。靴専門の店の紙を渡しているので、カバーは出来ていた。多分。


「値段はだいぶ違うからここで頼みたいんだが」


 節約したい人だった。しかしここで怯んではいけない。バイト店員として伝えなくてはいけない。


「ここで受け付けている靴の大部分は安い材料のスニーカーですよ。しかも子供用の。学校の」


 実際は英単語を使って、強く言った。おばちゃんが裏から実物(今日受け取る予定の)を持ってきた。上履きと体育館で使う運動靴。


「オーケー。それなら確かに不釣り合いなものだ。服だけ頼む」


 そういうわけでシャツとかズボンとかを預かることになった。


「翌日にまた来ればいいかい?」


 因みにこの時は九時なので、夕方に戻って来る。そのことを伝える。


「全部今日の夕方に戻ってきますよ」


 完璧に英語で言えた。あ。それどころではなかった。お客様、驚いている。


「いやそこまで早くなくっていいよ!? 明日で問題ないから! で。いくらなんだい?」


 この後、お客様はクレジットで払って、出て行った。この時バイトを初めて三週間程度。拙い英語で大丈夫なのだろうかと悶々としていた。ガチで文法から学び直した方がいいのか。場数を踏むしかないのか。めちゃくちゃ悩んだ時期だったと思う。

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