第3話 記録③ お客様というより迷子

 英語は万能ではない。使えない外国人もやってくる。今回はお客様というより、迷子という表現が正しい。


「まだ開いてないですよ」


 店内準備中の時だった。ただし数分前なので自動ドアは機能している。そのため、人が近づくだけで開いてしまう。見た目は黒髪系美人女性。アジア系かなと思う。キャリーケースがあるので、旅行で来たことが分かる。


「えーっと?」


 女性はショルダーバッグから何かを出す。スマートフォン。操作をして、俺に見せる。漫画オタクだとすぐ悟った。オリジナルの同人誌即売会のイベントなので。


「あらまあ。まだ開いてないのに入っちゃったの?」


 裏で作業をしていた(ハンガー整理など)おばちゃんがようやく顔を出した。


「ええ。しかもお客様って感じじゃないです。道案内ですね」


 この時女性は自国の言葉を使ったのだが、英語でもなく、日本語でもないため、全く聞き取ることができなかった。土台がないので、やりようがない。中国語でもない。韓国語でもない。どちらかというと、東南アジアの言語に近い。それしか分からなかった。ただやり取り出来ないと元の子もないので、確認をしておく。


「English ok?」

「I can’t!」


 英語で書いてはいるが、自国英語みたいな訛りがあるので、実際はだいぶ違う。はっきり無理だと言っていることには変わりないが。


「場所は?」


 おばちゃんの質問が来たので、もう一度スマホを見る。街で最も規模の大きいイベントホール。市バスで行くのが手っ取り早い。電車の駅から歩くという手もあるが、二十分程度かかり、土地勘がないと詰む。つまりは……目の前の女性も似たような状況になっているのだ。


「サイトに載ってるはずだけどねぇ」

「自国語対応してるとも限らないですよ。マイナーな奴だと」

「でもどうやってやり取りしてたのかしらね」

「そりゃ……ネットの先生に」


 翻訳すら出来てしまう某有名なネット先生があるから、マイナー言語だろうとどうにかなっていたのだろう。そう言う商品だってあると聞く。


「とりあえず描けるものあります?」

「あるわよ。メモは電話対応で必須だから」


 言語はダメっぽい。ネット先生経由だと時間がかかる。そうなると絵で説明するしかない。数字は共通だろうから使う。


「確かイベントホールの最寄りのバスってミドリハ行きでしたよね」


 ところどころあやふやなので、おばちゃんに聞きながら、さっさと行き方を図式化にして書く。


「ええ」

「ユカリ街駅のバスターミナルの何番でしたっけ」

「六番よ」


 バス一本なので、数分程度で終わる。数字。バスの絵。ユカリ街駅と駅ビルの絵。矢印。完結に書いた。


「これ使ってください」


 日本語でそう言って、俺は行き方を書いたメモを彼女に渡す。数秒の沈黙。理解したのか、お礼らしき言葉を言って、レジのところに何かを置いて行き、店から去った。言葉が通じなくても、他の手段を用いることもありだと学んだ日だった。因みにお礼のブツをネットで調べたら、ベトナムのめちゃくちゃ甘いインスタントコーヒーだった。


 あの時の彼女は無事に会場に辿り着いて、エンジョイできたのだろうか。今となっては分からない。そうあって欲しい。

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