第8話:昼休みの僕はアクティブ


「あれ、姫は?」

「具合悪いって保健室行った」

「え、大丈夫なん」


 昼休み。教室後方から聞こえた会話にピクと耳が反応した。

 肩越しにちらりと姫川の席を見れば確かに無人。


「一緒に行くよって言ったんだけど」


 何やらまだ会話は続いているが、


「塾で隣の女子がポテトの匂いさせてて~」

「昨日ログボ忘れてもーやる気なくした。あーまじで萎えるわぁ」


 あちこちからいろんな声が飛んで、姫川グループの声はもう聞こえなかった。

 ま、どの話も僕には関係がない。


 さて、と。ぐぐと伸びをして席を立つ。

 給食を終えればここに用はない。別に誰も見ていないのに、したくもない欠伸をしながら教室を後にした。


 僕が昼休みを過ごす場所は何か所かある。

 王道図書室はもちろん、屋上へと続く階段(屋上には出れないので人が来ない)や、体育館と校舎を繋ぐ渡り廊下の一角など。

 一年間で見つけた場所を季節や天気、気分によって使い分けている。


 今日は、そうだな。外がいいかな。うん。渡り廊下にしよう。

 あぁでも今日はちょっと遠回りして行きたい気分だし、ぐるっと一階を回っていくのもいいかな。

 近いのは右側の階段だけどあえて左へ。

 あぁ、そのルートだと保健室の前を通るな。そういえばね、うん。


 ガヤガヤうるさい廊下を抜けて階段をタタタッと下りる。

 一階に着くとその喧騒は少しだけ落ち着く。昇降口から離れているからか、施錠された特別教室しかないからなのか。


 この静けさはとてもいい。だが、昼休みに訪れることはないだろう。

 近くには職員室があるからな。もし担任でも現れたらいろいろと面倒である。「どうした? 一人か?」などど詮索されるだろ?

 ぼっちを勝手に憐れみ心配という名の暴力をふるってくるからな。


 ところで、僕の足はあと数段で階段を終えるところで止まっている。今更気付いたんだ。

 保健室って廊下から中の様子見えるんだっけ?


 一年ちょっとの間で保健室を利用したのは一度だけ。どんな感じだったか思い出せない。

 普通閉まってるよな。

 体調不良の人が寝ているかもしれないし、開けっぱなわけないよな。


 トン、トン……。すっかり勢いはなくなったけど階段は終わる。息を吐くと胸がもやっとした。


 てか、なんで僕はこんな急いでるんだ。昼休みは始まったばかりなのに。

 てか、なんでそんなこと考えてるんだろう。別に見えなくてもどうだっていいのに。


 これじゃまるで、姫川が心配で駆け付けたみたいじゃないか。


 頭の中が騒がしいまま、教室に戻る気はなかったからとりあえず進むことにする。廊下に一歩、踏み出した。

 と、窓を開けて頬杖をついている女子の後ろ姿が目に入る。……あ、あれって。


「……、ひ、姫川?」

「あれ。深山だ」


 くるりと顔だけ振り返った姫川は、頬杖をついていた手を広げて「おう」と男前に挨拶してきた。


「だ、大丈夫なのか?」

「うん? なにが?」

「や、その。……具合悪いって。風のうわさで」


 ぽつぽつと言えば姫川は一瞬首を捻って「あぁ!」と頷き、そしてニマァといつぞやも見せた意地悪な笑顔になる。


「なんだよーう、心配してくれたの?」

「は、はぁ?」


 姫川は体ごとこちらへ向き直る。意地悪な笑みはゆっくり消えた。

 窓を背にして「実はさ」と力なく笑うから僕の胸にざわっとしたものが広がる。


 なんだ、何があった……?

 思わず一歩、もう一歩近づけば、姫川は俯き長い息を吐いた。


「ひめ、」

「わかめごはん」

「かわ。……は?」


 一瞬。思考がストップした。

 頭と心。僕の中の全てが、しんとした。

 何言ってんだこの人。と思うことさえ時間を要した。


「おかわりしたかった」

「……」

「大好きなの、わかめごはん……」

「……」

「でもできなかった。余ってないんだもん」

「……」


 なるほど。何言ってんだこの人、という気持ちはありつつも、僕は納得した。

 僕と姫川の付き合いはまだまだ浅い。

 でもこれが嘘や冗談でないことは分かった。


 こんなことを言っているけど、実はもっと他に真剣な悩みがあって。それをごまかすためにおちゃらけているのでは?

 なんてことはない。

 彼女の虚ろな目。ぎゅと掴む腹。「わかめ」と呟く声。これは嘘偽りなくわかめご飯への想い。

 先日、ポテサラの最後の一口を食べた後も似たような顔してた。


「わかめごはんへの気持ちが溢れてさ。教室いらんなくって」

「……」

「空腹は満たされたんだよ。だけど満足感っていうの? それが足りてなくって……。なんだかトテモ、カナシイ」


 深い、ふかあいため息を吐くと、姫川は窓枠に肘を置いて上体を外へ反らす。


「あぁ、空はあんなに青いのに」


 ご飯のおかわりができなかっただけでこのセンチメンタルモード。僕はほっと胸をなでおろした。ああ良かった。元気だ。

 いや、心(と腹)は元気じゃないのだろうけど。








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