第7話:プリンは飲み物な姫


 コロッケをおすそ分けした日、僕がお風呂に入っている間に姫川のお父さんがお礼を言いに来た。

 多分その時ばあちゃんといろいろ話をしたんだろう。お父さんの仕事が遅い日、姫川はうちで夕食を一緒にするようになった。


 今日は、その日だ。



「おっ、深山っ! おかえり~」

「……」


 おつかいから戻ると、リビングからひょこっと姫川が出てきた。制服姿のままということは、家に帰らずこっちに直行したんだろう。


「おうおう、反抗期か~? ただいまは~?」


 長くもない廊下をタタッと駆けて僕を出迎えた姫川は、腰を曲げて顔を覗き込んでくる。

 大きな目をわざとらしく平らにして、まるで輩みたいな絡み方はこの前うちで読んだヤンキー漫画に影響されたのかもしれない。


「……ああ、来てたんだ」


 ずるりと肩を滑るエコバッグを持ち直しながら言えば、姫川は「ああ、来てたんだ」と僕の言葉を繰り返した後ニマァと笑う。


「知ってるくせにぃ」

「……」


 あぁ、そうだよ。知ってるよ。昨日も今朝もばあちゃんに言われたし。

 でも買い物に出た時まだ姫川は来ていなかったから、そういう意味で僕の言葉に誤りはない。



 姫川が「深山」と呼び始めて、僕も「姫川」と呼ぶようになった。

 だけど僕たちは友達じゃない。

 少しはマシになってきたとはいえ、姫川を直視すると緊張するし喋る時は声が震える。

 他の女子よりは接する機会があるというだけで、まだ全然慣れない。

 ただのクラスメイトでご近所さんだ。


 ちなみに姫川はすっかりクラスに馴染みカースト上位に君臨。そして着実にモテ始めている。

 他のクラスの男子がちらちらと教室の中を覗いたりして、「可愛いよな~」などと言っているのは既に何度も聞いた。

 全く。姫川はパンダじゃないんだが。



「おかえり、洸ちゃん。ありがとうね」

「うん、ただいま。これ、おつり」


 おつりとエコバッグを渡すとばあちゃんは中身をダイニングテーブルに出していく。

 その様子を眺めていた僕が「あ」と思い出したのと、ばあちゃんが首を傾げたのはほぼ同時だった。

 しまった。わすれ……、


「プリン、お小遣いで買ってきたの?」

「んんん? ア、ウン、マァ」

「おつりで買ってよかったのに」

「や、うん、や、勝手に買いたくなったから……」

「珍しいねぇ、洸ちゃんがプリンなんて」

「そ、そう? なんか食べたくなって」


 取り出される某牛乳なプリン。パッケージにあるお日様の笑顔が三つ、テーブルに並んだ。

 ああああ、僕のバカ。自分で冷蔵庫に入れる予定だったのに。

 姫川だ。玄関で絡まれたから忘れてた。


「や、ばあちゃんコレ好きでしょ。だから」

「うぇぇい、深山やさしーじゃん! てかおばあちゃん私と一緒! 普通のよりこっちが好き〜」


 姫川がこれを好きなのは知ってる。いつだったか教室で聞こえたから。だけど知ってるなんて気持ち悪いから絶対言わない。


 僕は「ふうん、そうなんだ」とそっぽを向く。

 と、視線の先にばあちゃんがいて。ニコニコが深くなった気がした。ああああ、絶対変な風に思ってるよ。絶対なんか、なんか、ああああもう。


 ばあちゃんのためにってのは嘘じゃない。デザートコーナーでそれを見た時、僕の脳裏に浮かんだのはばあちゃんだから、だから。

 姫川が来るから買ったんじゃない。姫川も好きだったな、とは思ったけど。

 たまたま姫川が来る日に僕がそういう気分になったというだけなんだ。


 そう、別に大したことじゃないんだから、さらっと言えばよかったのに。


「じゃあご飯の後で食べようねえ」

「う、うん……」

「ほのちゃんもね」

「えっ? 深山二ついくでしょ」

「う、えぇ、っと……。や、僕はひとつで……」

「いけるよ~、飲み物だし」


 ちらり、フォローを求めてばあちゃんを見る。

 多分伝わったと思う。だけど笑顔のままうんうん頷いて、ばあちゃんはキッチンへ向かった。


 ……ああ、これは。自分で言わなきゃダメなやつだ。ちゃんとハッキリと。

 だって姫川は客人。あなたのですと用意した僕が言わないと、遠慮されるに決まっている。


「……あああ! あのっ」

「うわ、びっくりした」


 僕は並んだプリンのひとつを手にして、俯いたまま姫川へ差し出した。


「ああの、あのっ、こ、これ、は。ひ、姫川の分、だから」

「え?」

「だ、だから、み、っつ買った、んだ」


 トントントン。包丁の音がリビングに響いて、僕の手が軽くなる。

 ハッと顔をあげれば、姫川は僕を見ていて。

 思いがけず目が合ってしまった。


「ありがとう」

「……ぃ、ぃぇ……」

「ふふっこれめっちゃ笑ってるね!」


 姫川はパッケージを僕に向けて自分の顔の横にくっつける。声をあげて笑っていそうなお日様だ。


「じゃあ、おばあちゃんはこれ!」

「うむ、異存ない」


 目を閉じて微笑んでいるようなそれを指さすので僕はこくり頷いた。

 残っているのは、多分コイツがスタンダードスタイルなのではないかと思われるお日様。


「私さ、これ見るといっつも思うんだけど。これって笑ってるの?」

「……じゃないか、口あがってるし」

「真顔にも見えない? 無って感じしない?」

「ああ……、うん」


 そう言われるとそう見えてしまう。このお日様の感情は一体……。

 だがしかしそんなキミが僕の元にくるとは。ふふ、悪くない。


「はっ、冷やしておかなきゃ!」


 姫川はお日様たちをがばっと回収し冷蔵庫へ。入れ終えてからこちらに振り返り笑った。


「今日のは美味しさ更新するよ、絶対」

「……は、はぁ?」

「だって深山が買ってきてくれたんだもん。ねっ、おばあちゃん!」

「お、おおげさ、だ」

「一緒に食べるの楽しみ!」


 っぁ~~……。



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