第9話:僕は姫を知らない
しかし。姫川の不調(?)の理由は分かったけれど、分からないことがある。
「……あの、さ」
「ん?」
「……その、みんなには隠してるの?」
何で姫川は「おかわりしたくてたまらんかった」的な感じでグループのやつらに言わなかったんだろうか。
そんなにおかしなことじゃないだろう?
ここまでガチに落ち込んでるのは、まぁもしかしたらからかわれるかもしれないけど。
具合が悪いと言ってこんな人気のないとこで一人ぼけっとして。
それはまるで隠したいことのように思う。
だけど、全くマイナスイメージにならない気がするんだけどな。むしろギャップなのでは?
「うん? 何を?」
「その食への異常な執着」
間髪入れず答えれば姫川は一度目を大きくした後、それをきゅっと細めて「言い方ぁ」と僕の上履きの先端をつま先でツンツンするから、「ハッ、ごめ」と反射的に謝った。
ふっと笑顔を見せてから、姫川は髪を耳にかけながら言う。
「一瞬、真面目な話してもい?」
「え、あ、うん……」
「なんかさぁ、みんな、私のことちょっと……。いいイメージで見てくれてるんだよね」
「……」
「大人、的な。経験豊富的な」
姫川への印象は僕の耳にも入っている。
その内容に「えっ」と思ったものだ。
だって僕の知る姫川と違い過ぎる。
姫川は特に気取った振る舞いをしているわけではない。多少、家と外で見せる顔は違ったとしても、そこまで大きく変わったりしてない。
明るくてよく笑ってて。無邪気、というか。
――いやいや、そんなに観察しているわけじゃないぞ。目立つから視界に入ってくるんだ。
そう、姫川は目立つ。バカ騒ぎをするでもないのに、注目される。
人目を惹く人物ってのは良くも悪くも勝手なイメージがつくんだろう。それは姫川に限らず。
加えて転校生というのも大きいかもしれない。
どんな人なのか、一年の時はどんな感じだったのか。それを知るのは本人だけだから、より勝手な想像は膨らんでいくのかも。
スカートの前で指を絡ませ眉間に薄くシワを刻む姫川は、いいイメージとは言いながらちっとも嬉しそうじゃなかった。
「違うよって言っても謙遜とかって言われてさ」
「……」
「何回も否定するのも疲れるし、なんか、ウザく思われるのもやだし」
「……そんなこと、ないだろ」
「あるよー。過剰な否定は変な方にいっちゃうの」
……まあ、それは、うん。
頑なに正そうとすればその場の空気が気まずく壊れるかもしれない。それがどう作用するかは、なってみないと分からない。
そんな空気の恐ろしさは、僕にも分かる。
ないだろ、と言ったのは姫川なら大丈夫だろ、という意味を込めてだった。
姫川が言うのなら、周りも嫌な風にとらないだろう。なんて思ってのことだった。
だけどすぐに思い直す。何が大丈夫なのか、と。僕は姫川の何を知った気でいるのか。
僕もクラスのやつらと変わらない。
明るくてよく笑ってきゃいきゃいしてて。あまり敵を作らなそう。
そんな風に姫川を見ている。
多少、学校じゃ見せない顔を知っているだけで、僕は他のやつらと同じ程度にしか姫川を知らない。
すっかりクラスに馴染んでいる、と思っていたのだけど。姫川はそう見えるよう努力していたんだ。
すごいな。……僕には、できないな。
「まっ、その問題はどーでもいいんだ」
「……姫川」
「や、マジで。だって今は仕方ないじゃん? みんな、私のこと知ろうってしてくれてのことだと思うし。こっちがなんかビビってるだけだからさ」
「……」
姫川は慌てたように僕に言って。
あぁこれはもしかしたら気を遣わせたか、と思った。
だから僕も「うん」と頷く。
「けど今回はちょっと、ね。こっちは愛が溢れちゃってるからさ、適応できそうになくって」
「……わかめにそこまでの愛情が」
「そうだよー。あーもっと食べたかったー」
「……そっか」
次のわかめご飯はいつだ。もし僕が当番の日なら、姫川のは大盛りにしてやろう。
その時は一番最後に並んでもらわなければ。
誰かに見つかって贔屓だとかいちゃもんつけられては、姫川に迷惑だ。
給食のメニューと当番の確認。
すべきことリストに入れておこう。
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