第5話:姫は模索中
え、なに。リップクリームさん? 誰よそれ。僕の知り合いにそんな人存在しないんだが!
「な、なんの話……?」
「だからこの前の。ほら廊下で」
……あぁ、あのリップクリーム。いやいや。
あれがどうして僕の好きな人だとなったのか。あの中の誰が落としたかも知らないのに。
「ななな……なんで、そうなる、スか」
「だって目の前に落とした人いるのに渡せないって。好きだから恥ずかしかったんじゃ」
おっ……どろくわぁ、驚いたねこりゃ。
これだから陽キャってのは困る。思考回路の設定が色恋に繋がるよういじられてんのか?
やれやれだ。肩をすくめてみせる。
だがその肩がびくんっと跳ねる発言が続いた。
「ってみんなが言ってて。ほあ~なるほど、って」
「……んんん!? み、みんな……!?」
「あ、うん。あれ見てた子にどうしたのって聞かれたから」
「きかれたから……?」
「深山くんが落とし物拾ったんだけど、代わりに渡すの頼まれたって話した」
「……え、と。それだ、け?」
「うん」
多感なお年頃とはいえ、それはあまりに早計で、とんだ勘違いで、短絡的過ぎだ。どう考えればそうなるのかまったくもって理解不能。
勝手に言ってろと思わなくもない、のだけど。
「いやいや……そうはならない、だろ」
「え、違うの?」
「だっ、て、そもそも僕はあの中で誰が落としたのか、し、知らない。それは伝えた、……よね」
「……」
「いや、ま、そこはいいんだけど……」
「……」
「その、みんな? には分からないかもしれないが、自分から女子に声をかけるとか、難しい男子もいる。だ、誰もがフレンドリーにいけるわけじゃないってことを知った方がいいのでは。……あぁ、あと声をかけられないのがイコール恋愛感情だとかそういうのもどうかな。他の人は知らないが少なくとも僕はそこまで恋愛思考で生きていない」
目が合わないよう顔から視線を少しズラすと、背中まである姫川さんの黒髪が風に揺れていて。それを見ながら口を動かした。
視界に姫川さんの顔を入れなかったことと黙って聞いてくれていることで、後半は勢いがついてしまった。僕は早口でベラベラと言い終える。
微かに乱れた呼吸を整えてから、姫川さんの顔をそろりと窺った。ちょっとだけ顎を引いて前髪の隙間から覗くようにして。
そうして見えた姫川さんに、僕は吸い込んだ息をごくんと飲んだ。
「そっか……。ごめんなさい」
え……えええ……。なんかすっごい、しょんぼり……? 落ち込んでる?
あ、もしかして怖がらせてしまったか。
そうだよな、陰キャな人間の早口はぽかんを通り越して恐ろしくもあるかもしれない。僕だって陽キャの盛り上がり方には恐怖するし。
あばばばば、やってしまった。言い過ぎた。
「勝手に決めつけちゃった。ごめんなさい」
「……いえ、あの僕も、ちょっと言い過ぎてしまって、その……、ごめん」
互いに謝りあう。二回ほどぺこぺこ頭を下げて下げられをして、「やめようか」と言ったのは僕だ。
だけど姫川さんの顔にはまだほんのり申し訳なさが滲んでいる。
「前の学校ではあんま触れることなかったんだ、そういう恋バナ系」
「……あ、そう、んスか」
「でもまぁもう中二だし、そういう話題が多くなるのは自然なのかなって思っています」
「なぜ敬語に」
「そういう話題をキッカケに盛り上がる場面も多々目撃しておりまして。深山くんにもそのノリをぶつけてしまいました」
まあ学生だもの。話題は限られてくる。
その中で盛り上がりの幅が広いのは、その手の話題なのかもな。
僕には関係のないことだけど。
でも……そう、か。
新学年スタートは同じだけど、姫川さんはそれだけじゃない。
完全に新しい場所でのスタートなんだ。
少しでも早く馴染みたいと思うのは当然。
どうしたって転校生は浮く存在、孤立するのはしんどいと思う。もし転校生がぼっちでいたら、きっと嫌な注目のされ方をするだろう。
ひっそりとぼっちでいられる僕とは違う。
今は自分を出したりするより、立ち位置や空気を把握する段階、なのかもしれないな。
「あっ、ちゃんと否定しとくね!」
「……いや、いいよ」
正面切って言われたから訂正をしたけれど、その他の人間にまでわざわざそんなことをするつもりはない。……勇気もない。
それに姫川さんらの中で僕の話題など出ることはないだろうし。
「なんで? 誤解が広まったりしたら……」
「……や、誰が僕のそんな話をするんだ。盛り上がるネームバリューではないよ」
「え、そう、かな」
「寧ろ、もう触れないでくれた方が、助かる」
「あ、じゃあもしそういう話になったら、その時ちゃんと違うよ! って言う」
ならないとは思うがな。……いや、待てよ。
これから先、リップクリームさんとやらと姫川さんグループが接触することがあるかもしれん。
そういう時にネタとして使われる可能性はゼロではないな。
「……マァ、ウン、じゃあそれで」
その時はよろしく頼みます。
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