(三)-8
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そのカチリという金属音を聞いた瞬間、俊輔の体内、有体に言えば下半身で熱いものが生まれ、迫上った。ぼんやりしていたらそれは不埒な欲望の証と同じ形をとって下帯の中に放出されていただろう。慌てて必死の思いで抑え込んだが、刀を帯に戻す動作の間中、下を向いているしかできなかった。
顔も全身も熱いし動悸も激しい。それでも俊輔の中ではかつてない速さで思考が駆け巡っていた。武士たることの条件とはなんだろう。
武勇に優れ、軍配ができることか。学識に富み、諸芸に秀でていることか。
心が強く優しく、常に弱き者や民へのいたわりを忘れないことなのか。
あるいは日々国事を気にかけ、事に際しては命を惜しまず飛び込めることだろうか。
そのどれも正解だろう。それらは俊輔なりに、武士になる前から大体想像をつけていたことだった。
しかし今この金打で、理屈抜きに感じ取った。
腹の底から尊敬できる人と出会い、全身全霊を捧げたいと思い決め、その思いを受け入れてもらい、余人をもって代えがたい信頼をしてもらうこと。その我欲を捨てた精神性と純粋な絆こそが、武士の武士たる証なのだ。
忠義の観念自体は、俊輔も知っていた。しかしそれは今までただの知識でしかなかった。今、主君ではない、同じ藩の人間ですらない者相手にそれを感じたことで、ようやく心からの理解ができた。
長州藩をやめて、ついていきたい。側にいさせて欲しい。伊藤家の当主の座など捨てたって構わない。本気で思った。従者として始終側にいてこの人の謦咳に接することは、外国で学ぶと同じほどの、下手をしたらそれ以上の刺激を自分に与えてくれるに違いない。
自分は軽輩の上に若年だが、長州藩の一員として何年も働いてきた。沿岸警備を務め、京都にも長崎にも行ったことがある。長州尊攘派の若手藩士の友も多い。きっと世話になるばかりではなく何らかの貢献ができるはずで、この人にとっても悪い話ではないにちがいない。俊輔は両手を握り締めた。顔を上げ、口を開いた。
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