(三)-4

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 大久保はうなずき、表情に翳りを滲ませた。

「おいたちの同志に森山新蔵という人がおる。いや、おったちゆうべきか。薩摩の富裕な商人で、武士の株を買うて武士身分になった。人徳があり、学問に優れ、何よい国への思いが熱かった。

その息子の新五左衛門はそれに輪をかけた傑物での、老成して、常に冷静で見通しが良く聞く。はたちになる前からこいなら、将来どれほどになるのかと、おいなどは内心舌を巻いておったものじゃが」

「伏見で、亡くなられたのですか」

 俊輔の問いに大久保は深いため息をもって答えた。

「正確には、上意討ちの討手に斬られ、深手を負うたが命はあり、しかし切腹の命が下された。新五左衛門は深手を負うた身体で、見事に作法に則って果てた。父の森山さは、別の一件で罪を得ており収監されておったのじゃが、処分が決まる前に、息子を悼む歌を残してこれも腹を切った。

いったん藩士の列に加わった以上森山の家は当人だけのもんではなか、なんとしてでも生き延びて家を繋ぎ、雪辱を果たすが武士の道であろうに、こともあろうに息子可愛さに後追いとは、女々しか……などと陰口を叩く者もおるが」

「一つお伺いしたいのですが」

 俊輔は口をはさんだ。無礼の上塗りであろうが、黙っていることができなかった。

「新五左衛門さまは、商人の出ゆえ厳しい処分が下されたのですか」

「いや、そいはひとしなみじゃが」

「ならば、新五左衛門さまに対しては憐れむのはおかしい。哀悼するなら斬られたり死罪になって亡くなった方々全員に対して、同量にするのが筋です。

ご無念はおありでしょうが、男が志を果たそうとした結果です。一人だけをことさらに特別扱いするのは、結局、生粋の武士ではないから可哀想という、それも見下しのうちだと存じます」

 いくら大久保が寛容でも、ここまでずけずけとものを言われて腹が立たないはずがない。つまらない意地張で、せっかくできかかった絆を自ら壊す大馬鹿者だ。だが大久保は悲しげな顔つきを崩さなかった。その口から出てきた言葉は、俊輔の予想とは異なるものだった。

「おいが新五左衛門のこつを気にかけっとは、そがな意味ではなか。なぜあがな冷静沈着な若者が、あがな暴挙に加担したか……最近、ようやく気付いた。

商人の出ゆえ何かと見下されるのを見返したい、父親の期待に応えたい。その思いゆえではなかったか。そして森山さもそれに気づいた。自害は、心細さゆえの後追いなどではなく、息子を追い詰めてあたら若い命を散らせた悔恨と、せめてもの贖罪だったのでは、と」

 俊輔は、今度こそ粛然とした思いに打たれ、こうべを垂れた。遠い薩摩にも、自分たち親子と同じような人たちがいたのだ。大久保が、口調を変えて話しかけてきた。

「おはんは、この江戸でどこか学問所にでも通うちょるのか」

「国元で私塾に通っておりましたが、師匠が亡くなってしまい」

 大獄で死罪になり斬首されたのです、とはさすがに言えなかった。

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