(三)-3

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 その袖口から除く手首は、大の男で武士という立場からすればずいぶん細い。それは、今までにも目に入っていて何となく気になっていたことではあったのだが。大久保は淡々とした口調で続けた。

「薩摩の武家の段々は、九つに分かれちょる。一番上が御家に連なる御家門。一番下が小姓組ちゆうて、名前だけ聞けば御主君の側近がごたるじゃが実態は惨めなもんじゃ。

薩摩は武士の数が多いでの、皆にまともな禄を与えておってはとてもたちゆかん。そいでん大多数の者は微禄にとどめ、名前だけは立派な身分に押し込んだわけじゃ。おいの家は、その小姓組じゃった」

 激動の中で思いもかけず昔を振り返る機会に遭遇し感慨深いのか、大久保はやや遠い目になりながらも語り続けた。

「御家騒動に父ともども巻き込まれ、何年も生きるか死ぬかの思いを味おうたこつもある。ほかにも色々とまあ、一口で語れっこつではなかが、とてものこと、楽をしてこの場所におるわけではなかとじゃ。

そいでん百姓あがりゆえの苦労とは違うち言われればそいまでじゃが、軽々な気持ちで物を言うておるわけではなかちこつは、わかってくいやったら有難いの」

 俊輔はうなだれた。「私の方こそ、無礼なことを申し上げまして……どうかお赦しを」と不明瞭な声でつぶやいた。そして考えていた。

 常人とはどこか異なるものの見方、目下の者に不躾な反駁をされても怒らない寛容さは、苦労人だからなのか。おそらく、天性のものの方が大きい気がする。「ところで……」という大久保の声に、俊輔は慌てて顔を上げた。大久保は打って変わった真面目な顔になっていた。

「おいたちが江戸に来るまでの道中での、伏見での一件は聞いちょるか」

「一通りは……」

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