(三)-2

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「そいはまた、ふっとか話じゃのお! 身分以前に、ただ家で働いちょるだけの者を息子にして家の当主にしようとはなかなか思わん。御父上はよほど優れた人物じゃったのじゃな。大名の跡取りに生まれて大名になるよい、はるかに偉かこつじゃ」

「綺麗ごとを言わないでください。生まれながらの武家である方に、何がわかるものですか」

 俊輔は吐き捨て、顔を背けた。

「確かに私も子供の頃は武士に憧れていた。父が武家の養子になったと聞いた時は、本当に天にも昇る心地だった。でも足軽なんて、藩士の列にも入らない一番の下っ端です。殿さまが人間の頭なら、足軽は草履の裏です。踏みつけられて泥を舐めるのが仕事です。

おまけに私の場合、事あるごとに百姓あがりと愚弄される、まるで悪いことでもしたみたいに。どんなに真面目に御用を務めようと、文武を磨こうと、あの人たちの心には一切届かない。あと私は、こんななりですがもう二十二です。子供じゃない」

 言葉を連ねながら俊輔の心の中に積みあがっていったのは、武士たちに対する怒りではなかった。自分に対する怒りだった。

 横暴な連中には目も合わせられないのに、助けてくれて傷の手当までしてくれる大久保には当たり散らす。この人なら、百姓の出であることにかえって同情して許容してくれるのではないかという計算がどこかにある。士にあらざる者と言われても仕方がない。もう、武士をやめて百姓に戻った方がよっぽど誠実ではないか。そこまで思った俊輔の耳に衣擦れの音が届いた。見やると、大久保はあのやや困り顔の微笑を湛えながら足を崩していた。

「背丈なら、おいは昔は人並み以下じゃった。おまけに剣術のたぐいは大の苦手、尚武の国たる薩摩で、こいは肩身が狭かあ。なぜか背だけは元服の前後のころから一気に伸びたが、横幅が伴わんで、貫禄に欠けること甚だしか」

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