(二)-3
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ともかく目標を達成したら、久光一行は薩摩に帰る。大久保も同行するだろう。次に会えるのはいつになるのか、あるいはもう会えないかもしれない。そう思うだけで、俊輔の心には苛烈な痛みが生まれた。日ごろ藩内で何かと見下され、態度が暗くなることと引き換えに心は麻痺しかかっていると思っていたのに。
そもそも痛みの種類が違う。何度か会った、少しくらい対応が丁寧だったというだけの相手になぜこのようなことを思うのか、自分でもわからない。そんな中再会したのだ。自分は上士に足蹴にされて埃まみれで地べたに這い、相手は何人もの侍を引き連れ道の真ん中を歩いているという有様で。理屈抜きで湧いたのは恥ずかしさだった。
ものの数にも入らない小者としていずれ忘れ去られるとはいえ、体裁を保った印象のまま忘れて欲しかった。大久保がやや眉根をひそめるのを見て、その思いは増大した。だから、大久保がためらいのない足取りで近寄ってきたのには混乱しかなかった。
「よしやんせ、何をしでかしたのかは知りもはんが、血が出るまで殴るこつはなかとでしょう」
俊輔は耳を疑う思いだった。藩とはそれぞれ独立国だ。江戸の庶民に手を出しているならかえって口の出しようもあるが、藩人同士のいざこざに首を突っ込むなど火種にしかならない。上士も大久保とは顔見知りの間柄だった。さすがに足蹴は止めたものの、傲然と言い放った。
「百姓あがりの下郎を躾ておるだけのことにござる。いかに薩摩の大久保どのであろうと、長州内の仕置に口出しは御無用に願いたい」
大久保は腹を立てるでもなく悲しげでもなく、やや困った様子を含んで微笑を浮かべた。
「口出しなどと差し出がましいことは考えてはおりませぬ。ただ我らは、じき江戸を発つ身。その御仁にはこの二月あまり、使者としてまことによき御尽力を頂いたゆえささやかながら慰労を致したいと思うていたのでござる。こうして往来で出会えたのもご貴殿のお引き合わせ、まことにありがたく存ずる。さしつかえなくばどうかその御身柄を、暫時お貸し願えますまいか」
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