第1話

黒崎達也は、薄暗いワンルームの隅に置かれた古いソファに深く沈み込んでいた。視界を占めるのは、鈍色の壁と、その一角に鎮座する薄型テレビ。画面に映る映像は、いたって凡庸なニュース番組だった。アナウンサーの声が単調に流れ、世界のどこかで起こっている出来事を淡々と伝えている。


 しかし、その退屈な日常を打ち破るように、突然画面が変わった。一瞬の静寂の後、不穏な空気を纏う黒い制服を着た三人組が映し出される。画面全体を覆い尽くすような重厚な存在感は、まるで暗闇に潜む影のようだった。


 中央に立つ人物は、深々と帽子のツバを下ろし、その顔は闇に溶け込んでしまっている。他の二人は鋭利な眼光を放ち、周囲を警戒しているかのよう。静寂の中、ただ一人、中央の人物がゆっくりと口を開いた。


「私は冥王星という教団の教祖です。今後、私の言葉によく耳を傾けてください。この国に地球外生命体が接近しています。私たちと共に、彼らとの戦いに備えましょう」


 男は話を続けた。どこかしら英語なまりがあった。


「地球外生命体は危険です。想像を遥かに超えるほどの恐怖が待っています。ですが我々と共に立ち上がり、奴らを倒すのです。それには数が必要です。どうか我々と共に歩みましょう」


 達也は、過去の記憶に引きずり込まれた。鮮明に蘇る、地下鉄の薄暗い車内。そこに充満する刺激臭と、人々の絶望に満ちた叫び声。そして、目の前で繰り広げられた惨劇。


 新興宗教「太陽の文字」の信者たちが、無慈悲にガスを撒き散らし、無辜の人々を次々と命から奪い去った。その中に、達也の家族も含まれていた。


 愛する家族の、苦悶に満ちた表情。助けを求める声も虚しく、彼らは冷酷な刃に飲み込まれていった。


 その悲劇的な光景は、今もなお達也の脳裏に鮮明に焼き付いており、彼の心を深く抉り続けていた。


 自責の念に駆られ、後悔の涙が頬を伝う。しかし、その悲嘆に浸る時間も許されない。


 外からの騒音は、まるで津波のように押し寄せてくる。窓の外には、学生たちが熱狂的な叫び声を上げながら行進していた。


「冥王星と共に!新たな時代を築こう!」


 その声は、まるで呪いの言葉のように達也の耳朶を貫き、彼の心に恐怖と不安を植え付ける。


「一体、何が起こっているんだ...」


 混乱と絶望に包まれた達也は、ただ茫然と立ち尽くすしかなかった。彼の視界には、迫り来る狂騒と、過去に囚われた自身の姿だけが映っていた。


 学生たちは周りのものを壊すものもいれば、叫んでいる者もいた。達也は見たくなかった。新興宗教「太陽の文字」を思い出すからだった。耳をふさいだが聞こえるのは家族の悲鳴と冥王星を応援する言葉だった。


 その時だった、玄関からチャイムが鳴った。誰からだと思い、恐る恐る開けてみると同僚の公安の木崎海斗刑事だった。


「今話題の冥王星という教団を知っているか?そいつらの信者が国会議事堂の前で老人をリンチして首を繰り落して殺した。段々過激になってきてるから警視庁じゃなく我々に一任された」


 海斗の声は鋭く、その目には深い憤りが宿っていた。彼の言葉が部屋に響くと同時に、達也の胸に不安と疑念が渦巻いた。


 冥王星の信者が犯した凶行は、まさに彼が目にしてきた惨劇の再現だった。しかし、その宗教がどのようにしてこんなにも力を持ち、暴走するまでに至ったのか、彼には理解できなかった。


 「これって……太陽の文字のことを思い出す……今回の件は……」


「悪いがそれは無理だ。気持ちはわかる。家族を失ったもんな。でも仕事は仕事だ」


 海斗は達也を引っ張るようにして、玄関から出して、車の方に連れて行った。


 外の冷たい風が二人の肌を撫で、達也の心は荒れ狂う思潮に溺れそうだった。

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