カラー@底辺校

すらなりとな

文化 is カラー!

 ――ねえ、本当に行くの?


 早朝。

 普段、学校へ登校する時間よりずっと早い時間。

 私は声に出さず、お姉ちゃんに話しかけた。


(もちろん!

 たんちゃんのお友達が警察に捕まったんだから、ちゃんと確かめないと)


 お姉ちゃんも声に出さず返してくる(たんちゃんとは私の事だ)。

 別に、私が故人でお姉ちゃんに憑りついているから、という訳ではない。もちろん、お姉ちゃんがアレな人で、私がイマジナリーな何かだとか、高度なAI的な何かという訳でもない。

 じゃあ何かというと、お父さん開発のゲームをやっていたお姉ちゃんが宝石になってしまい、たまたまその宝石お姉ちゃんを拾った私を、お姉ちゃんが乗っ取ったという、もっと意味不明な理由だ。

 少なくとも、お父さんとお姉ちゃんはそう主張している。

 きっと、感性が独特すぎて、私とは見える世界の色が違うのだろう。

 私は理解をあきらめた。

 それよりも、問題はお姉ちゃんの「たんちゃんのお友達」発言である。


 ――別に、友達ってわけじゃないんだけど?


 大事なところなので否定しておくが、私の友達に犯罪者はいない。

 じゃあ何かというと、隣のクラスの風紀委員がストーカー容疑で警察に逮捕されたのである。

 この風紀委員、出会ったのもついこの間。

 社会科の野倉先生が、私たちの通う底辺校に風紀委員を立ち上げようなどという、無謀な計画を思い付き、それに一緒に巻き込まれたというだけである。

 断じてお友達などではない。

 ちなみに、名前を極道秀男ごくどうひでおという。

 ヤクザは関係ないが、無駄に声のデカイ男子生徒である。

 最近、隣の同じ底辺校・不動武烈学園――通称ドウブツ園に特攻している。

 その時、隣の高校の女子生徒、小鳥遊登里たかなしとりさんに怪我の手当てをしてもらったらしく、ハンカチを返そうと小鳥遊さんを訪ねた(なぜか私とお姉ちゃんも一緒に)。

 が、小鳥遊さんは既に転校済み。

 それでも、あきらめきれず転校先まで向かい(ここは極道一人で行ったらしい)、ストーカー容疑であえなく警察沙汰となった。

 ちなみに、極道くんに小鳥遊さんの転校先を教えたうえ、「青春ねー」的煽り文句で送り出したのは、ドウブツ園の先生である。他校の生徒なので名前は知らないが、ジャージを着ていたので、私とお姉ちゃんはジャージ先生と呼んでいる。

(注)上記回想が怪文書にしか見えない方は以下のコレクションをご覧ください。

  https://kakuyomu.jp/users/roulusu/collections/16818023211863735631


(まあまあ。ほら、ジャージ先生に、その後どうなったのか、取り敢えず聞きに行くだけだから)


 つまりは、お姉ちゃんも「青春ねー」的感覚の興味の持ち主なのだろう。

 きっと、私と違って進学校に通っているお姉ちゃんは、勉強ばかりで春が青くなかったに違いない。

 そんな私の内心を置いて、周りを見回しながら、学校へ入っていくお姉ちゃん。


(うーん、流石この時間、誰もいないわね?)

 ――まだ授業始まる1時間前よ? 誰もいないわよ。

(え? 私の学校じゃ、部活とか勉強とかで、早く来てた子もいたけど?)


 これだから進学校のお嬢様は困る。

 底辺校では授業が始まって1時間後に来るのが普通だ。むしろ、授業など平気でさぼる不良も多い。私に憑りついて結構な時間が経つのだから、さっさと底辺校のカラーにも慣れて欲しいものである。


「失礼しまーす」


 わざわざ挨拶して職員室に入るお姉ちゃん。

 ありえない。

 普通の底辺校の生徒は、先生に挨拶などしないのだ。

 先生たちの方も、何事かと驚愕の表情を向けている。

 が、お姉ちゃんはまったく気にした様子もなく、ジャージ先生に声をかけた。


「ええっと、転校した小鳥遊さんのクラスの先生ですか?」

「ええ、そうだけど……あなたは?」

「あ、この間、秀ちゃんと一緒に尋ねた、七瀬単ななせひとえです」


 秀ちゃんとは極道秀男のこと(お姉ちゃんはこう呼んでいる)で、ひとえというのは私の本名だ。なお、お姉ちゃんはつらねこと「れんちゃん」という。


「ええっ!? あのギャルっぽい子!? な、ナナナな、なんで!?」


 ジャージ先生は精神錯乱を起こしたようだ。

 底辺校に通うようなギャル(つまり私)が、進学校に通うような清楚系お嬢様(つまりお姉ちゃん)の恰好をしていたので、ショックを受けたのだろう。人はありえない未知の存在に遭遇すると、ショックで錯乱するものなのだ。

 なお、前に極道と一緒に訪ねたときは、私とお姉ちゃんはお父さんの作った怪しげな試作品で分離していた。私は普段通りのギャルメイクで、お姉ちゃんはダンボールロボという常軌を逸した格好である。

 だが、ここは不良校。ギャルもダンボールロボも大して珍しくはない。

 今回も分離できればよかったのだが、残念ながら分離が継続するのは二日だけ。その後、二、三日は憑りついたままになる。

 もちろん、普段違う色をした世界で生きるお姉ちゃんに、ギャルメイクなんてできるはずもなく、今はお嬢様系な私のまま堂々と訪ねてきたという訳だ。

(注)しつこいようですが、上記回想が怪文書に見える方は、以下をご覧ください。

  https://kakuyomu.jp/users/roulusu/collections/16818023211863735631



「そろそろ春なので、ファッションカラーも変えてみようと思いまして。

 それより、その小鳥遊さんの事なんですが?」

「え、ええっとと、そ、そう、そうよね? 気になるわよね?」


 その辺りの事情をいい加減に流して、ジャージ先生に問いかけるお姉ちゃん。

 先生も、さすが底辺校の教師というべきか、動揺を抑え、話を聞かせてくれた。


「極道くん、あの後、教えた住所に直接向かったらしいんだけど、ほら、ヨウチ、じゃなかった、陽ノ道学園の制服のまま向かったでしょう?

 小鳥遊さんのご両親が、不良校がここまで追ってきたって、自分の娘のことを棚に上げて勘違いして、警察に通報したのよ。

 で、取り敢えず警察で事情聴取することになったみたいなの」


 陽ノ道学園というのは、私たちが通っている学校の名前だ。

 略称がヨウチ園になるくらいには底辺校である。


「警察も底辺校の不良さんが相手だから、ちょっと長めに拘束されてるみたいで。

 今日、私の方で事情を話しに行くつもりだったのよ」


 違った。

 警察に疑われるくらいには酷い底辺校のようだ。

 まったく、我が校ながら誇らしい限りである。


「じゃあ、ご一緒していいですか?」

「ええもちろん――あ、でも、あなたたち陽ノ道学園じゃ風紀委員よね?

 代わりってわけじゃないけど、ちょっとお願いしてもいいかしら?」



 ―――――☆



 数分後。

 ドウブツ園の制服を着た私は、なぜか卒業式の準備の手伝いをやらされていた。

 ジャージ先生の話では、誰もまともに作業をやらないので、先生が極道を迎えに行っている間、さぼっている人がいたら代わりに声をかけて欲しいとのこと。

 まあ、そうだろうな。

 底辺校の生徒がまともに卒業式の準備なんてできるはずがない。


(私としては、卒業式の準備を午前中にやるっていうのが信じられないんだけど?)

 ――授業の代わりにやろうとしたんじゃない?

   ほら、放課後は皆さっさと帰っちゃうし。授業だって誰も聞いてないし。

(おお、それっぽい理由!

 私が通ってった学校とはカラーが違いすぎて、気付かなかったよ!)

 ――それより、私としては、他校の生徒に頼む方が信じられないんだけど?

(それはきっと、たんちゃんが風紀委員ってことがバレちゃったからだよ)


 そういえば、ジャージ先生も風紀委員がどうこう言っていた気がする。

 どうやら底辺校同士、先生の間でも妙なネットワークがあるらしい。

 まったく、よその学校の風紀までは管轄外だと言いたい。


(まあまあ、他の学校の様子なんてめったに見れないわけだし?

 折角だから、見学のついでにいろいろ見ていこうよ?)


 文句ばかりの私と違い、お姉ちゃんは本当に楽しそうに歩く。

 まるで学園祭に来たかのように、廊下をきょろきょろと見渡している。


 廊下で寝転がる生徒。

 ゲーム機で遊んでいる生徒。

 あちこちに落書きがあり、何枚か窓も割れている。


 流石ドウブツ園。我らがヨウチ園と大した違いはない。


 ――やっぱり、卒業式の準備っていう雰囲気じゃないわね?

(うーん、とりあえず、ジャージ先生のクラスに行ってみよう。

 先生は「勝算あり!」って顔してたし、何かあるかもしれないし?)


 1年牛組と書かれた教室に入る。

 教室では、「卒業式」と書かれた看板が中央に放置され、飾りや塗料が床に散らばり、生徒たちは看板――ではなく、看板を梱包していたであろうダンボールに色を塗ったり、バッドや喧嘩で使う獲物に色を塗ったりして遊んでいた。

 まったく、どこかで見たような光景だ。


 ――はあ、どこの高校も一緒ね。

(そうかな? そうでもないと思うよ?)


 そりゃ、お姉ちゃんの通う高校に比べたらね。

 そう言おうとしたのだが、お姉ちゃんは近くにいたダンボールに色を塗っている生徒に声をかけた。


「あの、すみません?」

「あ? なん――――!?」


 チンピラらしく声を上げたはいいが、その後、すぐに固まる生徒。

 お姉ちゃんは気にせず続ける。


「先生に卒業式の準備手伝って、言われたんですけど、何やったらいいですか?」

「え? あ、いや……」


 固まったまま、挙動不審に陥る生徒。

 可愛らしく、首をかしげるお姉ちゃん。


「ええっ!? 清楚!? お嬢様!? な、ナナナ、なななななんで!?」


 発狂する生徒。

 どうやらドウブツ園に信じがたい珍獣が入ってきたのがショックだったようだ。

 まあ、誰だって動物園にツチノコが飼育されていたら驚くだろう。


「は!?」

「な、なんでこんなところに!?」

「お嬢様が!?」

「お、お化粧しなきゃ!」


 あっという間に広がる混乱。

 しかし、そこはお姉ちゃんである。


「ええっと、先生に卒業式の準備手伝って、言われたんですけど?」


 空気を全く読まずに話しかけまくる。

 初めて私の身体でお姉ちゃんが私の高校に行った時は、お姉ちゃんも底辺校の雰囲気にたじろいでいたのだが、二度目ということで、気にしなくなったのだろう。

 そういえば、私のクラスメートも、初めてお姉ちゃんin私を見たときは「おいどうすんだ」的な反応になっていた気がする。


「は、はい!? ええっと、確か、看板に色塗って……!」


 かわいそうに、話しかけられた方の不良は混乱のまま真面目に作業を始める。

 気が付けば、教室みんなで真面目に作業を始めていた。


 ばれないように、そっと教室を出て行くお姉ちゃん。


 ――うーん、我に返った時が怖いわね。

(大丈夫。ちょっと混乱の状態異常を付与する魔法をかけといたから)


 お姉ちゃんはゲームのアバターの魔法を使えるらしい。

 清楚系でお嬢様が混乱させてくるとは、なんとも嫌なゲームである。


(よし、この調子でいこう)


 が、お姉ちゃんは次々と生徒に話しかけ、混乱を広げていく。

 そして、先生が返ってくる頃には、


「な、なにこれ?」


 いかにも不良校な学園のカラーが漂白された、美しい学校の姿が!

 帰ってきたジャージ先生も驚愕している!


(うん、お姉ちゃん頑張っちゃった!)

 ――ちょっと頑張りすぎね?


 壁の落書きやら割れたガラスやらがきれいさっぱり修復され、卒業式の飾り付けが綺麗に完成し、1年牛組の牛も横棒二つとノが取れて1年1組に戻っていては、それは驚くだろう。


「押忍! さすが姉御!

 陽ノ道学園! 壱年弐組! 極道秀男! 感動しました!」


 どうやら極道も無事解放されたらしい。

 大声で感動している!

 しかし、その大声がよくなかった。


「ああ? なんでこんなところにヨウチ園が!?」

「はっ! 襲撃か!?」

「ぶっ○せーーー!」


 一斉に自分を取り戻し、極道に襲い掛かる不良校の生徒たち!


(あ、まず!)


 思わず攻撃魔法を放とうとするお姉ちゃん。

 しかし、その前に。


「おら待てやお前らぁ!」


 極道の横にいた、ギャルメイクに着崩した制服の生徒が大声で叫んだ!


「げ、小鳥遊の姉御!? なんでこんなところに!?」

「て、転校したんじゃ!?」


 どうやら小鳥遊さんは元不良のまとめ役だったようだ。

 極道を手当てしたという話と、ジャージ先生から優しい娘といわれていたから、てっきりお姉ちゃんと同じ清楚系でお嬢様系だと思っていたのだが、どうやら違ったらしい。他の生徒を別の意味で「可愛がって」いたようだ。


「お前ら! こんな綺麗に不良を忘れやがって! 叩きなおしてやる!」

「押忍! 陽ノ道学園! 壱年弐組! 極道秀男! お供します!」


 なぜか極道も一緒になって暴れ始める。

 拳やら武器やらが飛び交い、血しぶきが飛び、汚れていく学校。

 所詮ドウブツ園はドウブツ園だった。


「うんうん、これぞ正しい我が校の景色ね」


 それを見てうなずいているジャージ先生。


「ええっと、喧嘩はダメだよ?」


 しかし、そこに空気を読めないお姉ちゃんが突っ込む。


「は!? な、なんでこんなところに!? 清楚系お嬢様が!?」


 ショックで固まる小鳥遊さん。


 ――よし、この隙に帰ろう!

(ん~? お姉ちゃんとしては、もうちょっとみんなと遊びたいんだけど、ま、しょうがないか)


 こんな所に長居は無用だ。

 私達ツチノコは、極道を連れ、混乱に包まれるドウブツ園から脱走した!



 ―――――☆



 後日。

 昼休み、いつものヨウチ園と揶揄される底辺校。

 お弁当を食べようとするお姉ちゃんin私に、友達のさっちゃんが話しかけてきた。


「たんちゃん、私、今日、購買でパン買ってこないとだから、ちょっと待ってて?」

「いいよー」

「あ、それと知ってる?」

「知らなーい」

「隣のドウブツ園にさ、すごい清楚系お嬢様が入ったんだって。

 で、もともと不良束ねてた小鳥遊って人が、そのお嬢様のこと、探してるってさ。

 なにか、『極道を取られた!』『決着つけてやる!』とか叫んでるらしいよ?

 うちの学校じゃ、今のたんちゃんみたいなお嬢様がいたら告白罰ゲームで遊んでるトコだけど、向こうの学校はずいぶん毛色が違うみたいね?」


 いろいろ心当たりがあるのか、笑ってごまかすお姉ちゃん。

 私はそんなお姉ちゃんに、取り敢えず脳内ボイスでエールを送っておいた。


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