第30話 ハーベストハーベスター


 ハーベスト。

 異世界からの侵略者。正しくは、その尖兵。


 収穫者ハーベストの名の通り、奴らは侵略した世界からあらゆるモノを刈り取り、奪い取っていく。

 命も、資源も、その世界の価値あるモノはすべて、奴らの手で奪取、あるいは間引かれる。


 そんな人類の敵は、どうしてだか西洋の伝承に現れる不思議存在たちと似た姿をしていた。

 そのせいで、最初のターゲットにされた欧州は、物の見事に騙し討ちされてしまった。


 そうして敵と定められてから、彼らに対する研究は進んだ。

 その中で、今は亡き国連軍は、彼らを等級分けし、分類した。


 比較的小型とされる、妖精級。

 他に類を見ない絶対の個を有する、亜神級。


 そして。


 史上最も多くの人間を虐殺している大型の敵、精霊級。


 中でもとりわけ多くの人類を殺傷し、世界を震え上がらせた敵がいる。



「おいおい建岩じょうし……! さすがにこれは、冗談じゃ済まないぞ……ッ! 通信っ!」


 それは、炎をまとった全長20mを越える巨人。

 大地を震わす咆哮を放ち、あらゆるモノを焼き尽くす怪異。


 彼らが縄張りを示すマーキングでも、サークルと呼ばれる陣を敷かねば呼べぬ者。

 かつてより、多くの物語や創作物に登場する、人々に馴染み深い火の大精霊。


 その名を冠された――人類の天敵。



「――コントロール・ズーより各員へ! 即時撤退。アレは、今の僕らに対応できる相手じゃない。アレは……アレは精霊級ハーベスト、イフリートだ!!」



 恐怖でもって告げられる、その名こそ。

 HVVハベベ世界のキルスコアTOP1、灼熱地獄の顕現である。



      ※      ※      ※



「オオオオオォォォォーーーーーーーーーーーー!!!!」


 現世に顕現したイフリートが、天を見上げて咆哮する。


「う、わぁぁーーーーーー!!」

「こいつぅーーーー!!」


 その様をすぐそばで見てしまった機動歩兵たちが、間髪入れず放った弾丸は。


 ジュッ。


「そ、そんな……!」

「弾丸が、効かないっ!?」


 一つとしてその外皮にすら届かず、まとう炎にことごとく焼き尽くされる。



「バード2! バード3! 退け! バード1!」

「りょ、了解! バード2バード3! 俺に続け!!」


 とっさに続く佐々君の指示で、三羽烏が距離を取る。


 だが。


「オオオオオォォーーーー!!」

「う、うわぁぁぁぁーーーー!!」


 無造作に突き出されたイフリートの足に蹴飛ばされ。

 佐々君の精霊殻が、きりもみしながら宙を舞った。


「ドッグ1!!」

「ぐっのぉぉーーーー!!」


 手動緊急モードで無理やり空中姿勢制御。

 いわゆる受け身を取りながら、サイズ差2倍の衝撃を、なんとか潰れず受け流していく。


「がはっ!!」


 それでも連続で響いた鈍い衝突音が、受けたダメージの大きさを物語っていた。



「コントロール・ズー! こちらバード1! ドッグ1が中破! 指示を請う!」

「バード3! 佐々君が危ないんだよ! アタシたちで足止めくらいならできるんじゃ」

「バカ言っちゃダメだって! 銃弾効かない相手にどうするのさ!? って、わぁ! 炎が!」


「……私が出ますわっ!」

「ダメです! 今度は本当にダメですって!!」

「何をいまさら! この敵は想定していたのでしょう!?」

「してるわけないじゃないか! サークルが設置してあるなんて正気の沙汰じゃない!」

「貴方はっ!」


 混乱の声が、開かれたままのチャンネルで錯綜する。

 少なくともこのまま放置していれば、部隊は壊滅、多くの命が失われるだろう。



「……イフリート、か」

『終夜、撤退シマショウ。私タチノ現在ノ武装デハ不足デス!』


 確かに。

 今の俺たちには、イフリートを倒せるだけの武器がない。


(俺たちの機体にアサルトライフル2丁装備だったのは、このためか)


 イフリートに対する遠距離攻撃は、基本的にスナイパーライフルによる貫通狙撃かバズーカによる爆撃しか通じない。

 あるいは大太刀による近接戦闘ならいけなくもないが、それも手元に武器があれば、だ。

 素手で殴りかかろうものなら、炎にボッと焼かれてダメージ不可避である。


「こいつを出してくるか、否か……っていうと、出してくるよなぁ」

『何ヲ言ッテイルノデス? 動ク気ガナイノナラ、こんとろーるヲこちらニ!』


 まぁ、倒せるんだが。



「コントロール・ズー。こちらドッグ2。当機はこれより撤退命令を放棄、敵勢力の殲滅に入る」

「――ハ?」

「ドッグ2、オーバー」


 通信切断っと。


『ナッ!? ば、ば、ばかデスカあなたハ!?』

「たかがイフリート1体! 精霊殻ならやってやれないことはない!!」


 敵に向かって突撃開始。

 ガッツリ踏み込んで、一気にギュンッ!



「あー! ドッグ2が、黒木君が突貫してる!?」

「あいつ、まさか俺たちから狙いを外させるためにっ!」

「無茶でしょそれはぁ!」



「オォッ!」


 お、捕捉された。


「オオオオォォーーーーーーー!!」


 こっちの勢いを殺そうと、イフリートが大量の火球を生成し、打ち込んでくる!


 ボッ! ボッ! ボッ!!


「あーらよっと!」


 放たれた火球の辿る軌道をかわすコマンドは、とうに先行入力済みだ!


 イフリートの火球攻撃は、火球が生成された順にロックオンした自機狙い。

 わかってるなら避けるのはたやすい。



「そらそら、こっちだこっちだ!」

「オオオッ!?」


 奴の攻撃で一番怖いのは熱線。

 真っ直ぐ貫く一撃で佐々君が巻き込まれないよう、けん制で弾丸を打ち込みながら回り込む。


 カッ!


「来た!」


 放たれる熱線。

 一直線に焼き尽くす必殺を紙一重のローリングでかわし。


「起き上がり際の、ウザ弾をくらえ!」

「オオオオォォーーーー!!」


 さらにヘイトを稼いで1対1の状況を作っていく。



「く、うぅ」

「あっ。佐々君、目が覚めた?」

「う、ボクは一体……ハッ! 敵は!?」

「アソコ。あっちで我らがシュウヤちゃんがお相手中」

「!? 黒木っ!!」

「攻撃を避けてはいるが、やはり倒す手段がない。このままでは……!」



「オオオオォォーーーー!!」


 2倍のサイズ差で飛んでくるこぶしをかわし、距離を取る。


『終夜! 距離ハ稼ギマシタ。撤退ヲ!』

「え、なんで?」

『ナンデ!?』


 ようやっと派手なのぶちかます準備が出来たんだ。

 もちろんこのまま、推して参る!



「そら、来い!」

「オオオオォォーーーー!!」


 わざと敵の視界に躍り出て、熱線を打つよう誘導し。


 カッ!


「そぉい!」


 瞬間。

 かわすと同時に遮蔽に隠れ、視界から消える。


「オッ……!」


 敵がこっちを見失う、その一瞬の隙を突き。

 一気に敵の懐に潜り込む!!



「えっ! 突撃!?」

「あいつ死ぬ気か!?」

「……違う! 黒木は何かやる気だ!」

「まさか、打つ手なんてないでしょ!?」



 あるんだなぁ! これが!!


「ここだっ!!」


 ……獲った!


「オアッ!?」

「超過駆動ON! 腕部集中! 特殊コマンドS・O・F!!」


 瞬間。

 俺の精霊殻の両腕から緑の輝きが大量に噴き出し、拳から腕までを包み込む!



『……マサカ!?』

「そのまさかだ! どっせぇぇーーーーーーーいっ!!」



 ジャンプすると同時に、こぶしを突き上げる。

 それは龍が天へと舞い昇るかのような、美しい弧を描き。



「ゴバァァァーーーーーーー!?!?」

「秘拳! スピリット・オブ・フィスト! 別名! 精霊拳せいれいけんだっ!!」



 人類の天敵にして灼熱地獄の主、イフリートに。

 それはそれは見事な、アッパーカットをぶち込んで。



「隠し追加コマンドF・O・B!! フィナーレ・オブ・バーン! 爆・砕!!」

「グボォォォーーーーーーーー!!!」



 飛び上がった果て、空中でポーズを取れば。


 ボボボガーーーーーンッ!!


 その下で、イフリートの体内に打ち込んだ俺の気が爆発!

 緑の輝きを放つ花火となって、その巨体を完膚なきまでに吹き飛ばすのだった。



「……ねぇ木口。精霊級の撃破って、何機分扱いだったっけ?」

「5機分だな」

「……ってことは合わせて30機。“聖銀剣勲章”達成してるじゃーん」

「あぁ。大した奴だ……」

「は、はは。黒木君すっごぉ……」

「黒木……やはりキミは、高みにいるんだな」


 着地前に目を向ければ、前線のみんながこっちを見上げていた。



(ひとまず人的被害はゼロのようで何より。精霊殻も中破、佐々君の腕なら余裕で修理可能だ)


 イフリートは爆砕。マーキングも消し飛んだ。

 これにて決着。大勝利!


『適応外機体によるSOFの使用により、腕部過剰損傷。――軽減ノタメふぃーどばっくシマス』

「は? んぎぃぃぃーーーー!?!?!?」


 でも。

 俺の腕はちょっとだけ、治療が必要みたいだった。



      ※      ※      ※



「………」


 それは、奇跡としか言いようがない、美しくも圧倒的な光景だった。


「アレは、なんだ?」


 指揮車のモニター越しに見ているその姿は。

 いつか、幼いころに映画で見た、正義の味方のようだった。



(黒木修弥。緑の風。非公式の“聖銀剣勲章カリバーン”トリプルスコアホルダー……)


 バカみたいな存在だとは聞いていた。

 ありえないことをやり遂げた化物だとも聞いていた。


 だがこの目で見た彼は。

 そんな言葉ではまったく足りない、理解不能としか言いようがない存在だった。



(アレが、研究所ラボ製の超人でもなく、建岩家の関係者でもない、在野の一般人だっていうのかい?)


 脳が理解を拒んでいる。

 あんなモノがこの世にいることが信じられない。


 だって。

 あんなのが人類だっていうのなら――。



「――それこそ、救世主ヒーローじゃないか……」

「あら、違いますわよ」

「!?」


 気づけば隣に、天常のお姫様が立っていた。

 その顔は誇らしげで、同時にどこか、憂いをまとっているようだった。



「彼は、救世主なんかじゃありません。ただの人ですわ」

「そんなわけないでしょ~?」

「ただの人ですわよ。あそこには、きっと、誰もが辿り着くことができるのですから」

「………」


 確信をもって告げられる言葉に、僕はここに来る前に見せられた資料を思い出す。


(彼は、黒木君は今日まで、毎日のように血の滲むような訓練を重ねてきていた。命の危険すらいとわない状況に自らを追い込み、何度も何度も限界を超えて、あの超人的な能力を一つずつ手にしてきた……)


 彼の能力は、それこそ一朝一夕ではなく不断の努力によって得た物だった。

 それは確かに、誰もがそうすれば、この領域へ辿り着けるモノだと言えるだろう。


 ただし。


「彼のように生きられたなら、という前提だ」

「えぇ、そうですわね」


 それはあまりにも、あまりにも無理な話だと、ただの人でしかない僕は思った。



「……建岩家は、彼に並々ならぬ興味を持っている」

「え?」

「これは独り言だよ。聞き流してくれると嬉しい」

「………」

「およそ人類の枠外にある精神性と能力。天才すら凌駕する技能の数々。それらを彼は、真っ当な方法で獲得してきた。キミの言う通り、人を辞めず、人のまま。彼は人を超えた」


 正直、僕なんかが関わっていい相手じゃないと思う。

 叶うなら、任務を命じられる前に戻って、腹痛とかで辞退したい。


「そんな彼を、建岩家が呼んでいたんだよ。ヒーローってね」

「それは……」

「独り言だよ。でもきっと、その言葉の意味は、本当に、そのままの意味だと思う」



 それは、いつからか。

 世界中の人々の口から、自然と語られだした伝説。


 曰く。

 世界の危機に、人類の危機に。人の中から生まれ出る、ヒーローがいる。

 それはいつか現れる最悪の敵に立ち向かい、勝利することで人類を救うのだ、と。


 それは、子供に聞かせるおとぎ話のようで。

 それは、誰もが笑う夢の話のようで。


 けれどもなぜか。

 誰もがそれを信じ、疑わない。


 愛と勇気で敵を刈り守る者ハーベストハーベスター


 もっとも新しい、神話。



「もしかすると彼が、そうなんじゃないかって……疑っているのさ」

「疑う?」

「そう、だって建岩は……ずっと、ずぅっとヒーローを、探しているんだから」


 もしも彼が、そうだというのなら。

 やっぱり僕には荷が重い。


「あぁ、中間管理職ってのは、本当に辛いね……」


 修弥君。

 キミはどうしてそんなに、強いんだい?


 修弥君。

 キミがヒーローだっていうのなら、僕のことも救っておくれよ。


 ただの人には。

 世界の危機なんて厄ネタは、背負えないんだから、さ。

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