第12話 佐々千代麿の見た希望
隈本御三家、佐々家の嫡男。
それがボクに物心つく前から付随していた、絶対的な価値だった。
「坊ちゃん。佐々家の嫡男として恥じぬ行いをしましょう」
「千代麿様。孤独を恐れず、正しきを示し続けることが、人を導く佐々家の家訓にございます」
ボクと交流する大人たちは、口々にそうあれと言っていた。
佐々家の嫡男として恥じぬ、立派な者であれ、と。
ボクはその考え方が……嫌いではない。
「もちろんだ。ボクは佐々家嫡男。佐々千代麿だ!」
誇りをもって教えを守り、教えを守ることをまた誇りとする。
それがボクの日常で、当たり前のことだった。
だからこそ、納得できなかった。
「どうしてボクが前線で戦えないのです! 父様!」
精霊殻パイロットとなる資格を得て、勲章をいただいた日。
父はボクに、後方支援の任につくよう取り計らうと言ってきた。
「なんのための
16年の人生を、そうあれと育ってきた。
そう信じて、突き進んできた。
信念を貫き通す“肥後もっこす”であることは、代えられぬボクの
「このボクこそが佐々家嫡男、佐々千代麿です! ボクは、戦います!」
父の提案は到底受け入れられるものではなかった。
だからボクは自らが持つ権限のすべてを使って、パイロット候補生として前線の軍学校に潜り込んだ。
そのために幼馴染兼ライバルの手だって借りたんだ。
もう後には引けない。
「ボクはここでパイロットとなり、立派に戦い、人を導くに足る力があると示してやる!」
そう勢い勇んで、入学した……その日だ。
「佐々君整備士になろう」
あいつと、黒木修弥と出会ったのは。
・
・
・
“緑の風”という、噂話があった。
それは不知火の壁崩壊事変で唯一白星を挙げた戦場で、90体以上のハーベストを撃破したのだという。
一度の戦場で30体のハーベストを倒せば貰えるという“聖銀剣勲章”。
それにトリプルスコアを叩きつける、およそ人間技ではない戦果を挙げたそれは、しかし公的にはその存在を認められていなかった。
だが、戦場に立った戦士たちはみな、それを遠くで眺めていた人たちもみな。
戦場を舞う緑の燐光を確かに見たと言っていた。
ある人はそれを、希望の芽生えなのだと口にしていた。
(緑の風。そんな存在が本当にいるのなら……)
なんと素晴らしいことだろう。
戦場において誰よりも前に立ち、誰よりも敵を倒し、多くの命を守る。
それこそ、佐々家嫡男のボクが目指すべき、在るべき姿だ。
ボクは憧れ、焦がれ、調べ上げた。
合法非合法問わずに霊子ネットワークを駆使して辿り着いた答えが、彼だった。
「……黒木、修弥」
年齢はボクより1個下。
戦場に立ったのはその日が初めてで、精霊殻に乗ったのもその日が初めて。
「……バカバカしい!」
噂は噂だった。
どうせ壊れた精霊殻の近くにたまたまいたとか、そういう偶然が生んだ偶像だろうと思った。
ありえないと思った。
そして、ありえないと思ったからこそ、彼を守ろうと思った。
(大きすぎる嘘はその人を苦しめるだけだ。早期に正し、身の丈に合った道を行かせることこそが導きだ!)
だからあの日、ボクの方から声をかけた。
そして、思い知らされた。
「な、ぁっ」
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佐々機。大破!
戦闘続行不能!!
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慣れ親しんだシミュレーションによる決闘。
そしてボクの前に表示される、10戦10敗という、残酷な数字。
「そ、そんな……この、ボクが……」
あらゆる戦術が通じなかった。
何一つとして、ボクが優位に動けた点はなかった。
それどころか。
(あの動き。ボクの力を十二分に引き出した上で、凌駕する動きだった……!)
導かれていたのは、ボクの方だった!!
(なんという傲慢。なんという……愚かさだ。このボクは!!)
ボクは、ボク自身の未熟と、何よりも、本当の戦士の存在を心に刻み込まれた。
「ええ、貴方は……最大限、頑張りましたわよ」
消沈するボクを、幼馴染兼ライバルはそう言って慰めた。
「マジでさすがは佐々家の嫡男って言うだけあったって! すごいよ佐々君!」
「本当! すごかった! 佐々君ならきっと、エースパイロットにだってなれるよ!」
クラスメイト達もこぞってボクを褒め称え、さすがは御三家だと認めてくれた。
だが。
「え、黒木……くん?」
「あー、うん。アレは……」
「アレは……ちょっと、ねぇ?」
そのボクを導いてくれた彼は、みなに畏れられていた。
「ちょっと、人間離れしすぎてるっていうか……」
「なんていうか、戦闘そのものを楽しんでるよね。異常なほどに」
「私、シミュレーターの中の黒木君が意地悪く笑ってる声、聞いちゃったんだ……」
彼の持つあまりに圧倒的な力は、クラスメイト達には遠すぎたらしい。
“理解できないもの”になってしまった彼は、罰当番で交流の機会を失ったことも相まって、とてつもない勢いで孤独になっていった。
そして彼自身、それを受け入れているようにボクには見えた。
(彼はボクに導きを示し、その結果、一人になろうとしている)
それはまさしく佐々家の教えを体現する美しき在り方……だというのに。
(どうしてだ? ボクは、嫌だ……!)
彼がそうなろうとしていることを、ボクは許すことができなかった。
(この気持ちの正体を、答えを知りたい!)
そう思ったボクは矢も盾もたまらず手紙を書いて、彼を呼び出した。
そして彼は応える義理もないのに、来てくれた。
(まずは、まずは先日の非礼を詫びないと!)
謝りたい。
己の不出来を、己の悪意を、己の掛けた不利益をすべて謝罪したい。
だというのに体は動かず、口が開けず、まごつくばかり。
(あぁ、ボクは、ボクはこの期に及んで彼に嫉妬しているのか)
強い彼に、家訓を体現する彼に、嫉妬している。
そんな浅ましい自分に気づいてしまって、ますます心が縛られる。
「先日の、シミュレーターの件」
「!?」
そんなボクを救ってくれたのも、彼だった。
愚かなボクは無様にも自分の内情を吐露し、彼にぶつけた。
だが彼は、そんなボクを優しく見つめ、まるでその成長を喜んでいるかのように笑っていた。
「っ! そうか、やっぱりキミは……そうなのだな?」
彼こそが。
(真なる導き手……教導者!)
我が佐々家が目指す理想の、体現者。
「なるほど、それならば納得だ。納得……だとも」
そこまで思って、そこまでわかって。
ボクはなお、愚かだった。
「そんなキミからしてみたら、確かにボクのようなものはお飾りとして後方に下がり、整備でもしていろというわけだ……」
あの日の、ボクをただ慮って、庇護して、檻に閉じ込めようとした父と同じだと。
彼をそう定義しようとした。
だが。
「え、全然違うが? ついでに言うと佐々家とかも関係ないが?」
それすらも、彼はやすやすと否定してみせた。
そこから彼が、黒木がしでかしたことは、今でも少々業腹だ。
ボクに隠して第三者を潜ませ、騙し討ちにしたのだ。
だが、効果は覿面だった。
「家柄なんて関係ない。ただ、俺は佐々君が整備士として優れてるって思ったから、そう言ったんだ」
彼は。
教導者たる彼は。
ボクの持つ才能をこそ見出し、あの日からすでに、ボクを導こうとしていたのだ。
そして彼はボクの肩を抱き、貴き黒の瞳で見据え、告げた。
「俺の背中を預けるなら、キミがいい」
胸を打たれた。
「キミが整備した機体で、俺が敵を討つ。……約束する。キミと俺、唯一無二の絆にかけて!」
彼は、ボクが彼に並び立てる者なのだと、そう言ってくれたのだ。
それができる唯一無二だと、そう言ってくれたのだ。
(理想の体現者として何もかもが足りないボクを、そうまで買ってくれている)
佐々家嫡男、佐々千代麿ならば成り得ると、信じてくれている!
同時に、ボクは気づく。
(そうだ。これこそがボクの中でくすぶっていた心の正体!)
ずっと浮かんでいた疑問への、答え。
(ボクは、彼と共に在りたかったんだ!)
・
・
・
屋上から続く階段を、駆け足で降りていく。
導き出した答えが、ボクの体を否応なく燃え上がらせて、急き立てていた。
(――どうです、父様。やはりボクの選んだ道は、間違ってなどいなかった!)
人を導く者とは、人の前に立つ者なのだ。
それをこれから、ボクは彼と証明していくのだ。
で、あれば。
(まず変わるべきは、ボク自身だ!)
彼の想いに応えるには、ボクの全身全霊をもって彼に尽くすしかない。
精霊殻の整備を彼が望むなら、完璧を越えてアップデートを繰り返す機体に仕上げよう。
彼が孤独を歩むなら、食らいついてでも彼の隣に並べるよう、ボク自身強くなろう。
彼がもしひと時の安らぎを望むなら、この身すべてを捧げて愛で満たそう。
なぜならば。
ボクこそが彼の、唯一無二と成り得る者なのだから!
「黒木修弥……ボクの、唯一無二の教導者」
あぁ、今こそがボクの、新たなる人生の幕開けだ!
「誇りも誉も、キミと共に!」
ボクは
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