第05話 戦果は稼げる時に稼ぐべし


 戦場を、跳ぶ。


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 運動力:1588〔S〕


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「ひぃぃやっはぁぁぁぁーーーーーーーー!!」


 時間にして数ステップ。

 アルファベット6文字の入力時間でもって、俺は死に体の精霊殻で宙を舞う。


「GYA!?」

「おっせぇぇぇぇーーーー!!」


 急襲にゴーレムが気づいた時にはもう、俺の間合いだ。


「どっせぇぇぇぇい!!」


 残る左腕に握った大太刀で、傷口になっている右肩から思いっきりズンバラリっと叩っ切る!


「GYAAAAAA!!」

「邪魔!」


 断末魔を上げるゴーレムを、太刀の振り抜きついでに吹っ飛ばし。


「GO、GO、GO!!」


 勢いそのままに俺は敵陣へと切り込んでいく。



『警告、警告。機体損傷大、戦闘継続は危険です。……仇ハ討チマシタ』

「だいっじょーぶ!!」


 精霊殻の中の人ヨシノに心配されてるが、問題は一切なし!

 今この瞬間にも機体維持だけで気力ガリガリ削られてるが、問題はない!


『終夜』

「俺を信じろぉぉ!!」


 心配ご無用とばかりに感応値任せの霊子リンク強化。

 疑似神経を通じて機体に掛かる負荷を気力と体力で肩代わり。


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 体力:2267/2623〔S〕↓↓

 気力:2134/2448〔S〕↓↓


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「んぐぉぉぉぉ!!」

『コレ以上ハ……!』

「問っ! 題っ! なぁぁーーーーしっっ!」


 目的地である戦場真っ只中、港町に到着すれば。

 到着ついでに間近に見えたゴブリンとフェアリーを何体か蹴り飛ばす。



「コード先行入力!」


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 JSBCSD・・・


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 手早く指を動かして、キーボードを叩く。

 精霊殻の手動緊急モード特有の、機体の動きを先んじて入力して実行させるプログラムだ。


 アーケード版だとこれをどれだけ的確に使えるかが勝利のカギであり、ゲーム版だとそれぞれのアクティブコマンドを仲間たちとの交流で集めるパートが楽しかった。


(だが俺は、そのすべてのコマンドを記憶している!)


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 知力:1357〔S〕


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 起点となるアクション、連動するコマンド群。

 メインカメラと近域を示すレーダーを頼りに周囲を確かめ、先んじて打つべき手を打つ。


 熟練の先読み技術こそ、精霊殻操作における人間の大事な役割だ。



「ひょぅっ! 跳ぶぜ!」


 前方ジャンプ。

 高らかに舞い上がり、3階建てのビルを飛び越える。


 眼下に見えるは人型の敵、ゴーレム!


「チェストォォォォーー!!」


 着地に合わせて太刀を振る。

 コマンド連動で圧縮された行動指示が、精霊殻の限界を超えて機体を動かす。


「GYAAAAAA!?!?」

「次ぃっ!」


 着地の衝撃を斬撃で殺し、羽のように地に置いた足で即座にダッシュを起動!

 ラグビーのタックルフォームのように前傾姿勢で飛び出して、前に構えた太刀の刃で、勢い任せにゴブリンの群れを蹴散らす!


「ゴブギベーーーー!?!?」

「ハーッハッハッハ!! まだまだ! まだまだぁ!!」


 うおおおお!! 楽しい!

 マジのガチのマジのガチで俺、今、精霊殻を操作してる!


 ボロボロ大破の機体でここまで動けるのなら、バッチリ調整した機体なら無双できるじゃん!



「ゴベッ!?」


 血を吐いた。

 パイロットスーツ着てないならそりゃそうもなるか。


 現在体力を確認。


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 体力:1683/2623〔S〕↓↓↓


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 問題なし!


「っしゃあ! いくぜぇ!」

『――……』


 中の人ヨシノからの警告もなくなったし、そろそろ全力、出しちまうか!



「ちょうどいいところに、いるじゃないのぉ!」

「なんだっ!?」

「GIYAA!?」


 今まさにゴーレムに押し潰されそうになってた味方機の背後から飛び出して、駆け抜けついでにゴーレムの背中に太刀をノールックでぶっ刺す。


「次ぃっ!」


 太刀を手放し狙うのは、今の味方機が取り落としたのだろう突撃銃。


「借りるぜっ!」

「き、キミは一体!?」


 悠長に話してる暇はないから返事はキャンセルだ!

 銃を足で拾い、とっととこの場をあとにする。



「時間がないからな。何しろ敵は――」


 見れば、視界の先でフェアリーたちが、空中に水の波紋のようなものを出している。


 幽世の門。

 彼らの突入経路であり、逃走経路。


「逃がすかぁ!!」

「ピッ!?」


 接近しながら弾をばら撒き、フェアリーたちを消し飛ばす。


「――敵は、劣勢だとわかると、俺たち人類と同じように……撤退する!」



“1体逃がせば明日の人類が20人殺される”


 ゲーム中で語られる、敵の脅威を示す言葉だ。

 命を落とす20人に万が一、億が一、マイラブリーエンジェル黒川めばえが含まれるかもしれない。



「てめぇらハーベストだな!? ハーベストだろう!」


 だから。


「だったら、そのタマぁ! 置いていけぇ!!」

「ピギィィーーーー!!」


 狩れる奴は、全部狩る!


「うおおおおお! めぇばぁえぇぇぇぇーーーー!!」


 すべては推しの、明るい未来のために!!


「めばえぇぇぇぇーーーー!!!!」


 我が身はすでに、覚悟ガンギマリだっ!



      ※      ※      ※



 その日。日ノ本国民は自覚した。

 人類に逃げ場はなく、それは我々日出国の民であっても例外ではないのだと。


 守りの要であった三壁の一つ『不知火の壁』が崩され、防衛線が瓦解。

 八津代やつしろ海から侵略領域を広げたハーベストたちにより、隈本のどてっ腹にその魔の手が届いてしまう。


 恐らくこの後は八津代平野にて迎撃戦となるだろうが、果たして勝てるか否か。


 天久佐の大地を今まさに踏み散らかす大量の敵と相対しながら。

 日ノ本第634機動小隊、ムサシ隊所属の精霊殻パイロット、西住にしずみ耕太郎こうたろうは悲嘆していた。



(勝てるワケが、ないだろう!!)


 物量が違う。違いすぎる。

 終わりなき襲撃者たちは、ついこのあいだ、とうとう4000年の歴史を謡う大地を蹂躙し尽くした。


 そして当然のように、今、この極東の島国へと攻め込んできている。

 300をも越える大軍勢を、ただの先遣隊程度の扱いで。


 対するこちらは4小隊。

 うち戦えるのは精霊殻5機、戦車16輌、機動歩兵18人。

 精霊楽士は一人もいない。



(俺に、俺たちにいったい何ができる!)


 パイロットとして最前線に立ち、時に神子島かごしま最前線で戦ってきたからこそわかる、その絶望。

 国民の前では決して見せることのない彼の本音は、ただただ漆黒に塗り潰されていた。



「だが俺は、日ノ本の防人だ!」


 弾切れした突撃銃を捨て、背負っていた太刀を抜き、二刀流になる。


「ムサシ隊の名の由来……しっかりと刻み付けてやる!」


 眼前にはゴーレムが3体。

 支援砲撃はもう望めない。


(あれから司令部からの連絡はない。俺が戻れなかった以上、司令部ももう……ダメだろうな)


 もうどこにも。

 勝ちの目は、ない。



「う、うぅ……母ちゃん……!」


 自動安全モードに定められた行動プログラムから、最善の答えを必死に考えながら入力し。


「南無三……!」


 最後は勘に任せて運否天賦。

 奇跡に縋るしかなかった――その時だった。



「GYA!?」

「GYAーー!!」

「GIAOOO!!」


「……え?」


 眼前で、今まさにこちらを蹂躙しようとしていたゴーレムたちの、動きが変わった。


 何かに気づき、慌てた様子で。


 それらは背を向け、一目散に駆け去っていく。


「なに……が?」


 最後の入力キーを押せぬまま、耕太郎は呆然とそれを見送る。



「――ちょう! 百剣長! 応答願います!」

「!? こちらムサシ隊隊長、西住百剣長! 司令部!」

「おぉ! 耕太郎! 生きとったか!」


 通信復活。

 若いオペレーターから、すぐに老練の男声へと代わり。


「今まさに玉砕する寸前でありました! 近藤司令!」

「生きていればよし!」

「はい! 状況確認をお願いします!」

「うむ」


 そして、司令部から告げられたのは。


「敵は被害甚大。撤退を開始した」

「は?」

「敵勢力はその3割強を撃破され、継戦不能と判断し、撤退を開始した」

「……なにを?」


 聞いていた敵兵力はおよそ300。

 その3割強……つまり90以上。


「自分が倒しましたのは……その、恥ずかしながら、妖精級の中でも小型の奴らを8体ほどで」

「58体」

「は?」

「1機でそれだけの数を……ああ今59体になった」

「???」

「む、そっちに行くぞ。自分の目で確かめてみろ」

「え?」


 瞬間。


 彼は、希望を見た。



「めぇばぁえぇぇぇぇーーーー!!」

「GIYAAAAA!?!?」



 それは、逃げ惑う人類の敵を、容赦なく狩り滅ぼす片腕の戦士だった。


「は……」


 息を飲む間にそれは3体のゴーレムを薙ぎ倒し、仕留め損なった1体にキッチリ蹴りを入れてトドメを刺して。


「めぇばぁえぇぇぇぇーーーー!!」


 次なる戦場へと跳び去っていく。


 ほんの一瞬だけ、天を舞う精霊殻のツインアイと目が合った気がした。



「……めばえ?」


 後に残されたのは、消え去る敵と、生き残った自分。


(めばえ……芽生え? 俺を見て、芽生えと言ったのか?)


 駆け抜けざまに託された言葉の意味を、彼は深く考える。



「……そう、そうか。そうなのか」

「どうしたね、耕太郎?」

「近藤司令。掃討戦をご命令ください」

「なに?」

「これは、希望の始まりなのです」


 答えを得た耕太郎の瞳は、煌々と輝いて。


「今この時に、我々は目覚めの時を迎えたのです」

「うん?」

「希望の芽生え。我々が、我々こそが、人類の新たな未来を創る、その始まりなのだと!」

「何を言って……?」

「かの機体のパイロットが、命を燃やしながらそう叫んでいたのです!」

「!? なん……だと……!」


 それは、確かな希望をその目に宿した者の、強い言葉だった。



「反撃の狼煙を上げるタイミングは、今をおいてほかにありません! 司令!」

「むむ……! そうか、わかった! 司令部権限において、掃討戦を発令する!」

「了解!!」


 かくして、『不知火の壁』崩壊事変、上天久佐戦線は。

 ここから八津代平野決戦大敗まで続く日ノ本の連敗記録において、ただひとつ。


 “強襲するハーベストを潰走させた”唯一の白星として歴史に名を残す。


「いかに人類が滅びの道の中にあろうと、新たな希望は必ず芽生えるのです」


 戦線で活躍したムサシ隊隊長、西住耕太郎“千”剣長は、後世の自著でそう語った。

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