第04話 チャンスがあればやっちまいますよ
3階の教室の窓からこそっと屋上に登る。
設営中の兵隊さんたちの目を盗み、身を隠しながら島の南側……破壊された不知火の壁が見える場所へと陣取った。
こっそりと、双眼鏡を拝借する。
(おお……!)
戦闘は、意外と近くで行われていた。
(あのワラワラしてるのは妖精級のフェアリーとゴブリン、んであっちで精霊殻とガチンコしてるのがゴーレムか!)
双眼鏡を構えれば、海岸線で激しく戦う両陣営の姿を見ることができた。
海側から……正確には、己が支配領域とした範囲の幽世から現出するハーベストたち。
それを迎え撃つ戦車や兵隊、そして精霊殻を有する日ノ本政府。
奴らに有効な
リアルな質感で行われる命のやり取りが、そこにはあった。
「……っ」
銃弾を受けて頭を吹っ飛ばすゴブリンを直視してしまって、思わず眉をしかめる。
世界観再現とリアリティを極限まで追求したアーケードゲーム版を、目をつぶってても全クリできるくらいやり込んだ俺でも、その生々しさを前にすると胃がムカムカして。
(こんな世界を、あの子は生き抜いていたのか)
思い浮かべるのはマイベストラブエターナル黒川めばえちゃんのこと。
(こんな世界で、あの子は踏み台にされるのか)
精霊殻と同サイズの妖精級ハーベスト、ゴーレムが振るった腕が、戦車を一台叩き潰す。
逃げる間もなく爆炎を上げたその中に、いったい何人の人間がいたのだろう。
……なるほど。
確かに彼女が犠牲になることでこの戦争が終わるのならば、そこに意義はある。
世界のすべてと彼女の命、天秤にかけたらどちらが重いかなんて、一目瞭然だ。
『……や、役立たずな私に、は……な、なんの、何の価値も、ないもの』
自分が生きる意味を見いだせていない彼女にとって、その誉れは死後の救いになったかもしれない。
「……否、否、否だ」
今、ここでこの風景を見れてよかった。
「俺は、そんな未来は認めない」
覚悟を決める。
改めてここに、彼女が未来の犠牲になることを許さないと、魂に誓う。
(あの子が迎えるべきは、絶望に染まる夜じゃなく、幸せな今日に期待する朝じゃなきゃダメなんだ!)
愛されるべきソウルヒロイン黒川めばえのために。
俺はこの身のすべてをもって、絶望の夜を終わらせる……!
「ん、おい。ヤバい!」
「?」
何かに気づいて、斥候隊の皆さんが騒ぎ出した。
声を上げた人が指さしていた方へ双眼鏡を向ける。
「あっ」
そこで、人類の希望が敗北していた。
「GYAAAAAAAA!!」
雄たけびを挙げたゴーレムが、接近戦をしていた精霊殻の右腕を引き千切った。
どうやらパイロットの利き腕だったらしく、動きの乱れが激しい。
機体としては大破。まだ戦える。
「パイロット、脱出!」
なんだって?
「スナイパー! 援護できるか!?」
「やってみます!」
傍に控えていた契約兵装の狙撃銃を持った兵士さんが、逃げるパイロットを支援するべく銃を構え――。
ズギュゥゥーーーーン!!
――発砲。
放たれた弾丸はゴーレムの右肩を吹っ飛ばし、しかし。
「GYAAAAAAAA!!」
「――――ッ!」
構わず振り下ろされた拳が、何かを叩き潰した。
「くそっ!」
「ダメ、でした……!」
残念な結果を悔やむ、そんな暇はない。
「兵隊さんたち!」
「えっ?」
「伏せろ!!」
叫ぶ俺。
とっさのことに何人が対応できたか見ることもできないまま、身を伏せる。
直後。
ドガァァーーーー!!!!
「うおおおおーーーー!!」
「うわぁーー!?」
校舎を揺らす衝撃と、砕けたコンクリートが粉塵となって舞い、視界を覆う。
山風にそれが流されていけば。
「せ、精霊殻!?」
そこには、先ほど右腕とパイロットを失った精霊殻が、校舎にめり込む姿があった。
「あ、あいつだ……! あのゴーレムが、こっちに精霊殻を投げたんだ!」
見れば、右肩を抉られたゴーレムが、学校に向かって接近していた。
「GURURURURU…………!」
じわり、じわりと一歩ずつ。
死を振りまきにやってくる。
「だ、第二射、用意!」
「戦士工藤、戦士赤村、どちらも負傷! 狙撃できません!」
「なにぃ!?」
「前線に出たムサシ隊、呼び戻します!」
「急げ!」
対してこちらは負傷者多数。
頼みの綱のムサシ隊は、ついさっき別の戦場の援軍に向かったばかりだ。
絶望的な状況。
立ち上がった俺に、誰一人として兵隊さんが声をかける余裕がないくらいの、危機。
「………」
屋上の縁から、吹っ飛んできた精霊殻を見下ろす。
破損している証である緑色の燐光を、至る所から噴き出しているそれは、死に体だ。
だが。
「……まだ、戦えるって?」
問いかける。
ツインアイが、わずかに光り、瞬いた。
「んじゃ、ちょっと手を貸してくれ」
「ん? おいキミ! ここからすぐに逃げ――」
「よっと」
「――るんだぁぁぁぁ!?!?」
背後で、驚き戸惑う声がした。
しかし残念、今の俺には、それに構うだけの時間はない。
「ほいっ、ほいっ、ほいっと!」
パルクールの要領で屋上から精霊殻の胸元へと移動する。
健在な胸部装甲を撫でれば、そいつは自分の意志で俺を迎え入れた。
「なっ!? キミぃぃーーーー!?」
またもや誰かの叫び声がしたけれど、構わず俺は搭乗する。
手慣れた動きでシートに座り、再起動シークエンスを進めていく。
『精霊殻、再起動コード確認。自動安定モードで運よ――』
「コマンドキャンセル。手動緊急モードで運用」
『警告。手動緊急モードは最低でも感応力400、Aランク以上を要求――』
ヴンッ!
----------
感応力:1751〔S〕
----------
『――……???』
「問題ないな? なら、エマージェンスコード入力!」
『エマージェンスコード確認。手動緊急モードで運用。……貴方ハ?』
システマチックな言葉に、不意に人間らしい言葉が混じる。
俺はそれについても当たり前のように受け入れて。
「俺はシュウヤ。夜を終わらせると書いて
左手の霊子ネットリンカーを通じて、俺のパーソナルデータを叩き込む。
「霊子リンク! 疑似神経接続! 感応・同調・精霊契約、重層同期! 俺の無茶に合わせてくれ!」
『――了解。私ノ最後ノ舞踏ヲ、貴方ニ任セマス』
セットアップを終え、コントロールを受け取って。
「名前は?」
『……ヨシノ、ト名付ケテ頂キマシタ』
「OK、ヨシノ。行こう!」
俺は、精霊殻を立ち上がらせた。
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