第6話 十歳と魔力
五年。
アルセウスとオルビアが出会って五年の月日が流れようとしていた。
気になる戦績は――438勝438敗68引き分け。
ついに、オルビアはアルセウスに並んだ。
しかし、だからと言ってアルセウスは悲観したりしない。
近頃の戦績は悪くない。お互い400勝を超えたあたりから一進一退の攻防を繰り広げている。
直近で三連勝されていること以外は。
引き分けが圧倒的に増えてのも、その実力が拮抗している言い証拠だろう。
「よぉし、今日こそ勝ち越す! 五年間の恨み、晴らさておくべきか」
「ほざけ。こっちだって前回のうっ憤が溜まってんだ。今日こそ勝たせてもらう」
「ふふ、私が勝ったら何してもらおうかなぁ?」
「聞けよ。捕らぬ狸の皮算用しやが――」
「――あ、そうだ! 私が勝ったら『お姉ちゃん』って呼んでも貰お!」
「……はあ!?」
唐突に、本当に唐突にそんなことを言い出すにオルビア。
アルセウスは理解が追いつかずしばしフリーズする。
「いいでしょ、別に? 実際私の方が1つお姉ちゃんだし、私って末っ子だから弟欲しかったんだよねぇ」
「……死んでも御免だ」
「勝てばいいんだよ勝てば!! さあ、いっくよぉ!!」
「コイツマジで!!」
一方的に条件を突き付けて急に勝負を始めたオルビア。
アルセウス否応にも応戦するほかない。
こうして、二人の最後の勝負は始まった。
◆
約3時間後。
「はぁ、はぁ、はぁ……マジ? そんな粘る?」
「はぁ、はぁ、はぁ……死んでも、御免だって、言ったはずだ」
普段ならとっくに決着がついていても可笑しくない。
しかし、「お姉ちゃん」呼びを絶対に回避したいアルセウスと勝ち越しをを賭けたオルビア。
執念とは恐ろしいものだ。
結果、思い一歩届かず、オルビアは敗北を喫した。
「うぅ、そんなに嫌がらなくてもいいじゃん……」
「…………」
その点に関しては、アルセウス自身も驚きを隠せずにいた。
確かに、精神年齢は何歳も年下の子供を姉と呼ぶのは抵抗がある。
しかし、自分が呼び方程度に拘るタイプだとは思わなかった。
これは恐怖かもしれない。
もし、姉などと呼ぶようになれば、もう二度と男として見てもらえないかもしれない。そんな恐怖が。
「ガキかよ……」
「ガキいうな!」
アルセウスのそれは自分に向けた自嘲の言葉だが、オルビアは自分への言葉だと思い反射的に言い返す。
二人してぐったりと倒れ、大の字で点を仰いだ。
そこへ、一人の訪問者がやってくる。
「アル様。お時間です」
「あぁ? もうそんな時間か」
緩いパーマがかかった森を思わせる深緑の髪と、翡翠宝石のような瞳をした奴隷の少年――ヨナムがアルセウスに声をかける。
アルセウスに拾われた2年前から随分と風変わりしており、今では執事然としている。
「あ、ヨナムくんだぁ。ヤッホー」
「ご無沙汰です。オルビア姉さん」
「ほらぁ、これが素直で可愛い子の反応だよ。アルぅ」
「お前、まさか俺に可愛さを求めてんのか?」
「顔は可愛いよ? 女顔だし」
「女顔いうな」
ついさっきまで、なぜか「お姉ちゃん」の呼び名をかけて死闘を繰り広げたアルセウスとしては、疑問が晴れた形である。
「……なるほど、ヨナムの影響か。ってかお前、弟ならもうヨナムがいるだろうが。何で俺まで……」
「弟は何人いてもいいのだぁ」
「あっそ」
取り合うだけ無駄と判断したアルセウスは立ち上がり、草などを払い落とす。
「行くぞヨナム」
「はい、アル様」
「いってらっしゃい~」
二人が途中で離席するオルビアにも事前に知らせてあるため、スムーズに話は進む。
なんせ今日は、アルセウスの魔力鑑定の日なのである。
◆
人が誰しもが持っている魔力。
それは年齢を重ねるごとに独自の性質を帯び始めるもの。
人はそれを魔力特性という。
炎、水、光のような自然の性質を帯びるものもあれば、予知、透過、回復といった特殊なものもある。
そして、ソル=へーリオス皇家の血にも特殊な魔力が宿っていた。皇家を皇家たらしめる最強の魔力が。
――『太陽』
太陽と星の帝国たるソル=アステーラ大帝国において、太陽の魔力は何よりも尊ぶべきものだった。
それさえあれば、ごくつぶし皇子だろうと何だろうと、皇帝の座は揺らがないだろう。
◆
今のアルセウスは、自身の魔力が何かを知らない。
回帰を重ねてきたが、一部の記憶が欠落している。とりわけ、魔力に関する部分は全くと言っていいほど思い出せない。
自身の死因と同様に。
記憶喪失から5年。
毎日記憶を取り戻そうと研究を重ねるアルセウス。
その過程で、あることに気づく。
記憶の欠落には規則性がある。
誰かが、目的を持って隠しているのだ。
(10度の回帰。その記憶はすべて今日で途絶えている。一体何が起こるのか。見せてもらおうじゃねぇか)
◆
太陽宮・祭儀の間。
皇帝が着座する玉座が最上段。
続いて純白の大理石と黄金の装飾で飾られた祭壇があり、諸侯が列席する場は最下段となっている。
天井はドーム状になっており、光を通さない漆黒のそれだが、星々を思わせる宝石の数々が煌めいていた。
そんな豪華絢爛ともいえる天井だが、中央には大きな穴が空いている。中央の穴から差し込まれた光が、祭壇のみを照らす。
正午を迎えることで、太陽と星が共存する不思議な空間が完成する。
――その瞬間に儀式が始まる
時はまだ正午前。
皇太子の魔力鑑定式ということで、諸侯は一同に会していた。
三大公爵家は無論、重鎮たる侯爵もほとんど出席している。
玉座には大帝国現皇帝――獅子王レオンハート・ソル・へーリオスが腰かけていた。
獅子王と謳われるだけあり、レオンハート帝はその獅子の鬣のような金髪を無造作にかきあげる。
玉座に肘をつき、威厳に満ちた姿で諸侯を見下ろしていた。だがその姿を、大勢の貴族はこけおどしだと思っているだろう。
傍には彼の妻・皇后セリーナが腰を下ろしていた。
セリーナ皇后はアルセウスの実母ということもあり、銀髪と青い虹彩は瓜二つといえる。
しかしいつも鋭い目つきで周囲を睨みつけるアルセウスと違い、おっとりした表情でアルセウスだけを見ていた。
今も、太陽宮大聖堂に足を踏み入れたアルセウスに「頑張れ」と両手に拳を作り応援している。
「来たぞ、ごくつぶし皇子が」
「くっくっく、太陽の御子が陽にも当たらず部屋に籠ってばかりとは何の皮肉やら」
「あれでは魔力も期待できんだろう。はっはっは」
「あれに税が費やされる平民が不憫でならんのう」
「っし、お静かに! 聞かれでもしたらことですぞ!!」
「お主、肝っ玉が小さいにも程があるぞ。あのごくつぶしの何が恐ろしい」
「候らは中央に長らく不在でしたので分からぬのです!!」
「そうじゃのう。あれはまさに狂犬じゃのう。ワシも久々に見た時は度肝を抜かれたものじゃ」
「それほどか。噂では耳にしたが……」
「誰彼構わず噛みつく狂犬じゃ。関わらぬが吉。どうせあれは
「公もご存知で?」
「ふん、知らぬものの方が少なかろう」
アルセウスが宮殿に踏み入れた途端、あちらこちらから雑音が上がる。
きちんと声は抑えられているが、それでも数が揃うと中々に耳障りである。
本来であれば咎めなければならない。
しかし、それができないほど今の皇族は弱っている。
度重なる災害や不作。東西南北に抱えている四つの戦線。そのどれもが、皇族の力を削ぎ続けてきた。
そして何より、『獅子王レオンハート帝が心の病に侵されている』という噂が皇族の権威を失墜させつつある。
そんなアウェーの中、しかしアルセウスは臆することなく祭壇の中央へと足を進める。
祭壇の中央には、白髪の老人が体躯に見合わない大きな木製の杖を手に立っていた。
地面に着くほどの白いひげを蓄える老人だが、そのご老体からとは思えない圧を放っていた。
老人の名は――エルウッド・ゼウステル。
銀夜の七星『歳星』の席に長らく身を置いている人物。
高等魔術院・筆頭元老をでもあり、皇族の魔力鑑定役を長年務めてきた。
レオンハート帝が幼子の頃には既に『歳星』の座に着いて久しく、獅子王のおしめすら取り替えたことがあるという。
それほどの重鎮。
皇帝であろうと公爵であろうと軽んじることは許されない。
「雑音が不快だ。さっさと終わらせろ、歳星」
アルセウスのその一言に、殿堂は静まり返る。
今のアルセウスを知らない貴族は目と耳を疑い、アルセウスを知る貴族たちも息を呑んだ。
エルウッド・ゼウステルにこのような口を利く人間はいない。
少なくとも、この場にいる諸侯たちは知らない。
エルウッドの次の言葉に、諸侯の注目が集まる。
「フォッフォッフォ。殿下、そう仰らずに。これもしきたり故」
「ほう? じゃあ、そのグズ共もしきたりってわけか。伴奏にしちゃ汚ねぇが、それだけで首を切る訳にもいかねぇな」
「フォッフォ。殿下も冗談が達者になられましたなぁ」
「歳星ほどじゃねぇよ。始めよう」
そのやり取りに、諸侯の肝は冷えたことだろう。
しかしおかげで、祭儀の間に静寂が取り戻された。
アルセウスの挨拶代わりのジャブは、そこそこに効いたらしい。
――いざ、魔力鑑定の儀へ
――――――
あとがき
本来ここにはヨナム、サナトス、クローディアの話を挟む予定でしたが、話のテンポを遮らないために後回しにしました。
序章の最後に彼らの物語も少し語らせてください!!
「面白そう!」「続きが気になる!」と思ってくださった方は、☆☆☆やフォローをしていただけると嬉しいです!
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