第19話 約束

 久慈が天国へ旅立って五日後、殺人未遂と報じられていた内容が一転し、殺人容疑に切り替えられた。そして、一人の逮捕者が報じられた。

 メディアでは実名が出されなかったが、逮捕されたのは十五才の中学三年生、男子生徒だ。被害者と関係のある同校の生徒で、本人は取り調べに対し「裏切ったことが許せなかった」とだけ、口にしている。具体的に何があったのかは、捜査でも明らかにされていない。

 

 そして四月、悠奈たちは三年生になった。新顧問に佐藤が決定通り就任し、一ヶ月後には新体制でファミリーコンサートに参加した。一昨年、昨年を超える津丘中学校の演奏クオリティに、毎年参加している観客からは驚きの反応も見られた。そして、最後の一曲を演奏する前に、柳瀬は事件のことに触れた。


「先日、私達を育ててくださった一人の先輩が亡くなりました。先輩は崩れかけていたこの、吹奏楽部を立て直そうと、協力してくれました。今日は、先輩が好きだった曲を最後に演奏したいと思います。聴いてください」


 柳瀬の挨拶が終わると、席に着くまで佐藤は目を閉じ、少し天を見上げる。そして、スタンバイが整い、小さく息を吐き、両手をゆっくりと上げて構える。スローにタクトを振ると、しっとりとしたドラムのアウフタクトから音色が重なっていく。久慈が生まれる前の一九九〇年に発表されたあるロックバンドの曲だ。タイトルは『愛しい人よGood Night…』

 彼の母に悠奈が、何か好きだった曲はあったか、と質問したところ、そのロックバンドの名が挙がり、ネットで吹奏楽用のスコアを検索した。すると、世間一般に知られる名曲が揃う中で、聞き馴染みのないこのタイトルがヒットした。今、彼に少しでも感謝を届けられるなら、この曲を演奏したい。そう提案すると、メンバーたちはもちろん、佐藤も二つ返事で了承した。

 最後のクラリネットのメインメロディが奏でられ、静かに結を迎えた。観客からは、佐藤が頭を下げる前に拍手が起きていた。今後の自分たちに対する応援の証だと、舞台上にいる悠奈は感じ取った。


 そして、時はあっという間に過ぎた。


 七月二十九日、昨年のこの日は悪夢のようなものだった。しかし、今年はそうではなかった。銀賞で喜ぶ吹奏楽部は、もういなかった。そして、目標を成し遂げたことへの喜びを偽りなく、堂々と喜びあった。


 八月二日、悠奈は柳瀬と二人で彼が眠る墓に手紙を添えた。青い空の下、厳しい日差しに照らされても、彼が不思議と輝いているように見えた。二人は微笑み「ありがとございます」とだけ言葉を送り、暫くの別れを告げた。


 先輩、お元気ですか。私達は、夢だった全国コンクールへの出場を手にしました。あと、四月からずっと顔を出せなくてすいません。先輩のやりかった曲、聴いてくれましたよね。二年前、先輩はこの曲をどうしてもやりたくて直談判したけど、断られて泣いていたって、お母様から聞きました。もし、羨ましくて悔しい思いをさせてしまったのなら、すいません。

 私達、三年生は来週の全国コンクールで引退です。満田君もあの時とは違ってとっても楽しそうで、気合が入っています。次は、全国金賞を報告しますから、待っていてください。




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