第16話 顧問

 やっぱり学校は嘘つきだ。悠奈は高橋から個人的な理由で空いた三年五組の教室に呼び出され、自分を顧問から退任させたいと校長に訴えたことを詐欺師の本性を現したような笑みを浮かべて追及されていた。校長はきっと、甘ったれたことを言ってくる生徒がいる、と呆れた表情と大きな溜息を添えて言ったのだろう。

 何を聞かれても答えるつもりはない。悠奈は時々目線を逸らし、口に力が入る。高橋が何故自分だけ責めるのか、それは柳瀬には勝てないと自覚があるからだ。彼女は正しいと思ったことに迷いはなく、真っ向勝負でディべートを仕掛ける。その性格は彼が苦手とするタイプだ。

 現状、高橋が現れる土曜日の練習は久慈に来ないよう伝え、時々現れる可能性のある平日は、会わないよう願うだけで奇跡的に逃れている。


「おい、聞いてるのか?」


 机をコツコツと叩く音が鬱陶しい。それでも、悠奈は口を開かない。すると、彼が胸ポケットにしまっていた携帯に着信が入り、シンプルなピアノサウンドが響く。


 もしもし、はい、はあはあ、いや、そんな事はまだ…………


 眉間に皺を寄せ、不可解な顔をする。通話相手は男性だ。こかで聞いたことのあるクールな声だ。内容はハッキリと聞こえないが、何かを問い質している様子が伺える。通話を切る直前、高橋は返す言葉もなく、はあ、とだけ呟いた。白髪混じりの髪を掻き、悠奈の睨む顔を見つめて考え事をする。何も解決しなかった。高橋は黙って椅子から立ち上がり、静かに職員室へ去っていった。通話の相手はハッキリとしなかったが、何か不都合を突きつけられたのだろう。悠奈はホッと息を吐き、第二音楽室に戻った。

 久慈が顔を見せ、柳瀬とグランドピアノに沿って話をしている。時々笑みを浮かべ、今後のことでも話しているのだろう。


「あ、町田さん」


 気づいた久慈は話を切り上げ、手招きする。柳瀬は何故か少し安堵の笑みを浮かべている。


「明日、サックスはここでパート練習してほしい。パーカッションがニ年生いないから、監督してやってほしいんだ」


 なぜ一年生しかいないのか、理解が追いつかない。今でも真剣な表情で練習している。久慈は、返答に困りながら「はい」と不可解を訴える悠奈のために、話を続ける。


「明後日から満田に戻ってきてもらう。だから、ニ年生は退部させる」


 笑みを浮かべながら独裁者のようなことを口にする久慈に、背筋が凍りつく。


「本気ですか?」

「形だけなんて面倒なこと、すると思うか?」


 あの頃の久慈はもういない。顧問という役がつくと変貌するのは、おそらく彼だけではない。高橋も、きっとそうだ。


 そして、やっとこの日を迎えた。

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