第14話 亀裂を生ずる漏洩

 学ランを脱ぎ、白の長袖ブラウスの第二ボタンを外した。自然に出た強気が、今までに経験したことのない発汗に繋げている。思い返せば、自分でも信じられないくらいだ。


「クリスマスコンサート、もしかして指揮したかったり……」

「んなわけない。でも、邪魔者がいなかったら柳瀬さんに頼んでたかも」

「宮木先輩ですか?」

「違う」


 宮木が邪魔者ではないことに「はい」と驚く悠奈の表情を横目で確認すると、神明原の名を挙げた。友達としての関係が破綻、というわけではなく、単に反対されているということらしい。三年の夏までコンクールで一緒に戦いたいと望んでいた神明原は、久慈が裏切り者に見えている。自分の願いは無視しておいて、後輩の願いに応えることが許せなかった。


「俺からバラしたことでもないのに、宮木とかいうバカが漏らしやがったんだよ」

「え、宮木さん知ってたんですか?」

「らしいよ。どっからその話を聞いたのか問い詰めたかったけど、面倒が勝った」


 宮木に漏らした人物がいる。確かに、久慈と宮木の関係が最初から悪かった事を全員が知っているという必然的な法則はない。宮木の真似をして、同期を退部に追い込んだ同期もいる。悠奈の頭の中は困惑から救難信号を発信していた。


「ま、これであのバカも黙るだろ。歪んだ顔を見るのは楽しかったけど、もう来んなってことだ。お、もう四時半か。ごめんな、付き合わせて」

「あ、いえ、また来週からお願いします」

「はいよ」


 背中で返事をして右手を挙げた久慈は、クラリネットの音色に目を向けず、真っ直ぐ北階段を降りていった。

 悠奈は新たな問題に発展しなければ、と祈りながら目の前の中央階段を駆け上がり、準備室に戻った。


「あれ、宮木先輩は?」

「言いたいことだけ言って、帰ったよ」


 柳瀬は一人になってからずっとノートに箇条書きで宮木との話で浮上した点を、明朝体のような丁寧な字で記していた。


「何言われたの?」

「気にすることないよ、聞くだけ無駄だから」

「でも、無駄なことノートに書く?」

「証拠だよ。このノートを高橋に見せたらどう反応するか、楽しみになっちゃって」


 内容を読んでみると、どれも中学生版パワハラと呼べる貶したものだ。二ヶ月前にあった同期のいじめについても、柳瀬の管理不足が原因。いじめた子の気持ちになってやれ。加害者経験のある先輩は、やっぱりそちら側の人間から変われないのだろう。受験失敗して浪人すればいいのに、と悠奈は内心祈った。


「そうだ、久慈先輩大丈夫だった? 死んでない?」


 急に心配そうな声色に変えるが、話の域が越えすぎている。死ぬ気配は一切しなかった、多分。


「大丈夫だよ、来週から来るって言ってたから」


 悠奈が少々呆れた様子て答えると、柳瀬は顔を机上に伏せて「良かったぁ」と安堵の声を響かせた。実は入部時から一目惚れをしていたことは、彼女にしか話していないそうで、誰にもバレてはいないはずだろう。

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