第12話 接近

 翌日、柳瀬は各パートリーダーを引き連れ、校長に直訴した。返答は曖昧なもので、高橋に注意が行き渡る程度のものだった。一人の教師を庇い、間接的に生徒の訴えを妄想と捉える学校の考えは、さらに不満を拡大させるだけだ。相手は子どもだから言っておけばいい、と軽蔑しているのだろう。しかし、事は次第に拡大の一途を辿る。

 クリスマスコンサートの中止が引退した三年生に知れ渡ると、宮木はすぐに教室で静かに読書をする柳瀬に詰問した。


「クリスマスやらないって本当?」

「はい」

「どうして急に?」

「それは言えません。これは私達だけの問題なので、すいませんけど、黒板消さないといけないので」


 語気を強め返す柳瀬は、平静を装い立ち上がった。自分たちの代が顧問からも馬鹿にされて見られるようになったのも、お前のせいだ。柳瀬は手に取った黒板消しに無自覚な力を加えさせた。

 吹奏楽部が壊滅状態なのかもしれない。彼女の態度からそう受け取った宮木は、放課後の活動に顔を見せた。全員揃って、出欠確認が行われている。気づいた部員達が淡々と挨拶をすると、宮木も笑顔を見せて会釈する。

 肺活量強化のためのウォーミングアップ、マーチング演奏を終え、パート練習の教室決めをジャンケンで行う。この恒例行事は、代々受け継がれている。四階の端にある第二音楽室から離れた教室を使用するのは、ジャンケンで負けたパート。譜面台と楽器の移動距離が遠く、負担が大きいからだ。この日の負けは、サックスパートだ。悠奈は謝りながらも、どこか楽しげな笑みを浮かべる。同じパートメンバーも、笑っている。

 各パート教室が決まり、宮木はグランドピアノに置いたスコアを持ち、遠ざかろうとする柳瀬に怪訝そうに声をかける。


「今から話できる?」


 柳瀬は少し間を置いて「いいですよ」と笑みを浮かべる。二人で準備室に入っていく背中を、悠奈は楽器と譜面台で両手を塞ぎながら、自席から無表情で見つめた。どうせ、あの件だろう。無関係の空気を装っていると、廊下に出た瞬間に宮木から手招き付きで呼び出された。心臓が一発大きく鼓動した。振り返り何も心当たりがないと演じながら返事をすると、宮木の顔は微かに笑っていた。

 準備室に入ると、柳瀬と二人で宮木を見る形で正座をする。柳瀬の横顔から、強気を感じる凛とした表情が伺える。


「校長に何言ったの?」

「顧問を変えてほしいとだけ伝えました」

「本当にそれだけ?」

「そうですけど」


 納得のいかない表情を浮かべる宮木は、分けた前髪に手をかけ、軽く擦りながら顔を顰める。


「だったら、クリスマスコンサートを中止にする意味がわかんないんだけど。だって、この部室でやるんでしょ? 指揮を執るのは、奏ちゃんでしょ?」


 疑問を口にしているうちに、自然と苛立ちが漏れ始める。悠奈はその口調に怖気づきながら、時々、準備室の時計に目を向ける。あと五分すれば、置き残した楽譜や教本を取りに来ると言った久慈が現れる。この二人を鉢合わせてはならない。


「ごめんなさい、トイレに行きたいのでちょっと失礼します」


 可否を返す間も与えず、腹部を押さえながら小走りで扉を通過して早く閉めた。柳瀬には申し訳ないが、久慈には今の状況で部室に入れられない。二度と部室に入りたくない、なんて言われたらこの部活はおしまいだ。階段をゆっくりと上がる足音を感知すると、息がまた荒くなり、力が抜けそうになる。頭が白くなっていくと同時に、ポケットに手を突っ込む久慈の姿が視界に入った。

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