第10話 無理を貫く
また秋が姿を現した。体育大会の出番が終わり、次は市民会館貸し切りの学校主催の音楽会だ。各学年、最優秀賞を目指し一ヶ月強の練習期間が設けられるが、真面目に取り組む生徒がクラスに二割いればいい程で、遊びたい年頃なのだろう。吹奏楽部の部員は、部での演目もあるため、クラス練習が終わればいつも通り練習に参加し、本番が近づくと顧問も合流する。多少の乱れがある演奏でも構わない。時々、高橋目を閉じる表情と、覗く曇り空に目を向ける顔にそう表れている。
そんな彼に対して我慢の限界を迎えているのは、悠奈一人ではない。練習終了後のリーダーミーティングで必ず誰かが口にする。この日は、八月から部長に任命された矢井が眉間に皺を寄せ、額に三本の指先を当てて「解任させたい」とハッキリ言った。準備室の狭い空間で円を作る全員が、黙って頷く。
「皆、聞いてたよね。一年生に対して言ったこと」
声を低めて口にすると、脳内で思い返される二日前の午前。全体練習を始める時に高橋は胸を張って言った。結果が出せていない三年生をしっかりサポートできるよう、練習に励んでほしい。この時、三年生の誰もが腹を立てた。結果が出せていないのは、お前の管理不足だ。気を引き締める環境を作れないまま顧問としての責任を蔑ろにしたお前が、原因だ。耳を疑ったが、誰も反論できなかった。二年連続銀賞で満足する先輩についていくがままに今を迎えた自責が、邪魔をした。
柳瀬は、何か追放出来る案がないか、と全員の俯く目を見て問う。誰も言葉を発しない。重くなる一方の空気を散らそうと、悠奈は思い切って右手をぴんと挙げた。全員が同時に輝く期待の目をして、悠奈を見つめる。
「久慈先輩に、指揮を執ってもらうことって、無理かな」
声に自信がなく、震えている。一年前に辞めた先輩を頼るなんて、馬鹿げている。悠奈も含めて全員がそう思った。トロンボーンのパートリーダーである松葉が、無理だよ、と諦めた声を出す。釣られるような溜息が聞こえ、さらに空気が重くなる一方だ。しかし、柳瀬は「いや」と流れを断った。
「やってみようよ」
彼が了承するか、となれば可能性は極めて低い。無謀な案であることは柳瀬も内心思っている。しかし、何もせず来年の夏のコンクールを迎えるよりはマシだ。ただ、この案には玉砕覚悟を砕こうとする一つの大きな問題点がある。松葉が口にした疑問だ。
「でも、久慈先輩にも進路があるでしょ。テストも多くなって、内申に影響するよ。行きたい高校に行けなくなったら、私達で責任取れる?」
鋭い視線に柳瀬と悠奈は外方を向く。責任なんて取れるわけがない、全員が思っている。それでも、トランペットのパートリーダー横井が、上体を仰け反らせて両手で体を支え、少し苦笑いする。
「話だけでも持ちかけてみればいいんじゃない?」
吹奏楽部の今後に影響する問題を、無理、という理由で片付けたくないのだろう。
悠奈は自ら久慈と話をすると名乗りを上げ、翌日の朝から機会を伺うため、三年生の教室が並ぶ三階の中央階段の壁から、傍にある二組の前の様子を見る。廊下には久慈の姿がなく、少し上体を前に伸ばして中を覗こうとする。
「あれ、何してるの?」
背後から聞き慣れた低い声が、全身を硬直させ、自然と姿勢を戻して背後を振り返らせた。
「ああ、あの、その、えーっとですね」
悠奈は激しく動揺し、呼吸を乱し、目を彷徨かせて言い逃れしようとするが、久慈は自分に用があると察して「また何か用?」と頭を掻きながら呆れた素振りを見せる。また、と言われても一年前に話したきりでうんざりする程ではないだろう。悠奈は目を大きく開いて、やっと冷静を取り戻すと大きく一つ深呼吸した。
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