第9話 悪銀のブラスバンド

 久慈が退部してから一年が経とうとする夏、二年生になった悠奈は、テナーサックスを収納したケースを運搬用のトラックに預ける。昨年の十一月に演奏会デビューをした時は、両腕が伸び切って安定した運びができなかったが、何度か経験しているうちにしっかり曲げて運搬できるようになり、息が切れることもなくなっていた。

 二年生にとっては初めてのコンクールだが、そんな感じはない。バスの変わらない揺れに酔い、あの時と同じ少し砂埃が付いた地面を見続ける。今年は特に、緊張もあってか悪化している気がしてならない。

 今年の高橋は、またアロハシャツなのか。宮木は苦笑いしながら同期の女子達と談笑する。その予想は、外れている。今年は、タキシードを着て指揮台に立った。表情は変わらず真剣だが、演奏に力が感じられなかった。舞台が大きいからなのか、悠奈は眉間に皺を寄せながら頭に入れたスコアを辿っていく。ピアノからクレッシェンドを伝い、フォルテに向かって。自分だけか。全体の演奏に何の変化も感じられない。ずっとピアノだ。もう、壊滅的な演奏だ。

 演奏が終わると一丸となった温かい拍手が送られるが、素晴らしいとまでは思われていないだろう。頑張ったね、程度だろう。笑顔のない悠奈は楽屋に戻ると、颯爽と楽器の解体を始め、誰とも言葉を交わさなかった。耳に伝わってくるのは、満足な演奏が出来たとお互いを労い合う先輩達の楽しそうな声。黙ってほしかった。その苛立ちを心の中に隠したまま、結果発表を迎えた。


「津丘中学校、銀賞」


 当然の結果だ。むしろ、良く評価してもらったくらいだ。悠奈は舞台上に立つ黒いスーツを着た女性の、淡々とした発表の声に動じなかった。しかし、殆どの先輩達は喜んでいた。ガッツポーズまでしていた。銀賞なんて、頑張ったで賞くらいのレベルなのに、金賞代表を意気込んでいた今までの時間は何を意味していたのだろうか。悠奈は左右を見回し、ありがとう、と隣同士握手を交わす宮木の姿に、目を大きくして瞬きを忘れてしまった。その右横に目を向けると、同市の誠光中学校の部員達が二年連続の金賞代表を逃し、泣いていた。ライバルと意識する同市の東陰中学校は去年の雪辱を晴らし、金賞代表。涙の理由として、一番大きいだろう。

 高橋はこの姿に何を思ったのだろうか、特に何も思っていないはずだ。この会場の中にいないなら、結果なんてどうでもいい。そう決めつけられた。

 比較するほど情けない、現実逃避を試みようと照明の付いた天井を被す二階席の暗い底面を見上げ、頭の中を白にした。

 あと一年、無駄に吹奏楽部で潰すのか。次の日から、悠奈は退部を視野に入れて練習に望んだ。宮木達の代が引退すれば何か変わるか。いや、変わらない。顧問は変わらないのだから。次第に視野に入れるどころか、決定付けようとしていた。

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