第4話 弱者の追放
一ヶ月が経つのは、あっという間だ。しかし、コンクールが行われる会場までの道のりは長く感じてしまう。昔からバスの移動を嫌う悠奈は、学校前から出発して十分もしないうちに酔ってしまった。だから、前に座らせてほしかったのに。貸し切りの市バスの後部座席で、両手を前の座席の背もたれに引っかけ、下を向いて気分がこれ以上悪化しないよう、自分を保とうとする。自分は座席で先輩達の集大成を見るだけなのに、両隣に座る同期の女子たちに何度も「大丈夫?」と聞かれるが、今更降りることもできるわけないと、嘘でも「大、じょうぶ」と気味の悪さに耐えるしかなかった。
移動中の車内は緊張感に包まれるどころか、むしろ開き直ったような遠足ムードが漂う。全員がわいわいと会話を弾ませ、九時間後に待つ結果の色が金ではないことを確信していたのかもしれない。
ただ演奏として成立していれば優れた実力の持ち主になれるのか、その答えは同地区から集まった他校の演奏を聞けば明白だ。まだ、基礎練習しかさせてもらえていない悠奈でも、強く胸を打たれた。周囲の拍手の音も聞こえなくなるほど、引き込まれていた。しかし、自校の先輩たちの出番が来ると、ふと我に返ってしまう。課題曲『南風のマーチ』のイントロダクションを聞けば、残念な気持ちになる。それ以上に、悠奈は力を込めて演奏をする部員の姿を台無しにする、高橋の衣装が目に入ってしまう。ハワイアンシャツだ。他校の指揮者たちは、黒のタキシードやネクタイが決まった黒のスーツでタクトを振っていた。観客に混ざって演奏を見守る一年生は、苦笑いを浮かべながら、込み上げる笑いの声に対して、口を塞いで抑える。当然、この常識知らずのスタイルは審査員からの直筆で指摘されていた。
そんな常識知らずの顧問が率いる吹奏楽部なんかが、全国コンクールへの切符となる金賞代表の称号が得られるはずがない。その考えは、久慈が強く抱いていたのだろう。
コンクールが終わって一月が経とうとする八月二十二日、久慈は第二音楽室から姿を消した。空いた椅子は彼が置き去りにした音楽教本、青いファイルを雨宿りさせるかのような形になっていた。
三年生が引退し、副部長に任命された宮木は彼が来なくなった理由も一切話さず、吹いたことのないテナーサックスに困惑する悠奈に、素早い息の通し方を教える。悠奈は、久慈が来なくなった理由を頭に浮かべながら、言われた通りに音色を奏でる。
もう教えなくていいから。
一人で勝手に練習して。
宮木は、久慈が指導する内容に気に食わず、追放しようと目を尖らせ、毒のある口で攻撃した。昨日の久慈の顔から、力が抜けていた。いや、奏でる音色にも独特のキレがなかった。
死ね。
悠奈は一度も宮木が口にする姿を見たことがない。しかし、何もなかったような顔でチューバの手入れを行う神明原は、久慈から直接話を聞いていた。それでも、止められなかった。いや、まだ引き戻すことはできる。退部届はまだ提出されていないから。僅かな希望を抱くと、チューバを埃が残る床に置いた。
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