第3話 途切れるマーチ
コンクール本番まで、あと一ヶ月に迫った土曜日のパート練習でのこと。宮木は家庭内の事情で休み、現パートリーダーである三年の
「ごめん、吹くのやめないで」
久慈は呆れた顔をしながら、疲れ切った声で注意する。まだ朝の十時で、こんなに疲れ切って午後からの練習ができるのだろうか。少々痺れる口をもう一度リードを装着したマウスピースに当て、やっぱり間抜けな音を響かせる。この練習メニューを宮木や久慈が決めたのか、いや違う。きっと、三年の外間と三上が決めたことだ。午後になれば、本体を装着してコピーの束で手渡されたティップス・フォー・バンド(教則本)の基礎練習ができる。ただ、マーチングや、アレンジされたポップス楽曲といった練習はさせてもらえない。ネックを装着しただけの状態で特に吹けているかテストをするわけでもないのに、なぜこんな練習ばかりさせられなければならないんだ。一年生の不満は、溜まる一方だ。
午前の練習が終わると、第二音楽室内で全員、持ってきた昼食を口にする。弁当、コンビニのおにぎり、パンといったものを頬張りながら、仲の良い子と話を交わす。
特に話す相手もいない悠奈は、久慈と三上の間に置かれた自分の椅子の上に破いた焼きそばパンの袋を置き、床に三角座りになって黙々と食べる。表情が曇っている久慈も、神明原たちの二年生男子グループに交ざり、作り笑いで相手をしている。絶対、一人でいたいのだろう。その顔は強張った口角から目筋に向かって伝わっていた。
午後一時、練習が再開すると、顧問の高橋が第二音楽室に姿を見せ、予定していなかった。全体練習を行うと言って、一年生はパート練習を続けて行うよう退室を指示する。高橋は自分のスケジュールに余裕が出ると、ふらりと現れては全体練習をアポなしで行おうとする。急に言うなよ、と口元まで迫る文句を息で吐き殺し、呆れた様子で部員達は、準備をする。
「悠奈ちゃん、ネックで十五分吹いたら本体をつけて音階練習だけやって」
「わかりました、休憩はどうすればいいですか?」
「二時半に一回とってくれたらいいよ」
出ていく一年生部員に時々目を向けつつ、久慈は頷く。悠奈も、休憩までのワンクールが長いと癒やしの足りない頭で思いながらも、同じく頷いた。右片手で握る譜面台の支柱がやや冷たく、本当にこのチームで大丈夫なのだろうか、と何度も心の中で不安と談合する。大丈夫、いつか見返せる時が来る。証拠もなく無責任にも捉えられる答えを受けても、悠奈はまだ信じられずにいた。
全体練習が始まると、聞き馴染みのあるコンクールの課題曲に指定されている『南風のマーチ』のイントロダクションが廊下にも響き渡る。しかし、イントロは僅か二小節半二秒強で途絶えてしまう。
「トランペット、もっと音を張っていきましょう」
第二音楽室内では、指揮棒を持たずになだれたトランペットの音色を指摘する高橋は、フォルテであることを意識せず、フォルティッシモを超える気持ちで吹いてほしいことを注文する。トランペットパートの五人は、はい、と声を揃えて単調な返事だけを返した。
この後も、気になる点があればすぐに演奏を止めさせ、この日は最後まで通して演奏させることはなかった。新原のスコアは数多くの指摘があったせいか、シャープペンシルの筆跡が少し擦れ、薄らと汚れている。少し崩れた文字が音符に重なる部分もあり、もう一部コピーして綺麗なスコアをほしいくらいだ。新原は、誰にも聞こえないくらい静かな溜息を吐き、ファイルを強く閉じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます