第2話 意欲の差が生む苦悩

 ゴールデンウィーク中に市民会館大ホールで行われたファミリーコンサートは、市内にある中学校三校の吹奏楽部によるパフォーマンスが順に行われる。入部間もない各校の一年生部員たちは、観客に混ざって黙々と演奏を見守った。悠奈は三校のうち最後となった自校の出番になると、サックスの次期パートリーダーに任命されている宮木みやきの集中した無表情、少し背骨が前に曲がった姿勢に視界を絞り込む。最後の三曲目に披露した宮川泰作曲の『ゲバゲバ90分!』のオープニングテーマでは、観客の少しズレた手拍子を起こさせる中、アレンジで組み込まれたアルトサックスのソロで、スーツを着て指揮を執る高橋の背後に立ち、体をリズムに合わせて刻みながらビブラートを効かせ、盛大な曲の雰囲気とは異なるメロディを披露して魅せた。しかし、悠奈は彼女のパフォーマンスより、背後で演奏を支えるバリトンサックスを吹く久慈くじの迫力に見蕩れていた。時々前屈みになり、体を揺らしながら低音を曲に刻み込み、邪魔に感じない重厚感を主張する。不思議と、三年の先輩達の演奏に目がいかないのは、直接指導してもらっていないからだろう。

 三曲のパフォーマンスが終わると、一同は盛大な拍手を送る観客に深く頭を下げる。同時に壇上の幕は下ろされ、ファミリーコンサートは予定通りの終演時刻を迎えた。満足した表情で会場をあとにする観客の退場が済むと、会場裏口に駐まったトラックに楽器を積み終えた二、三年生の部員たちが待つ大ホール入口前に、一年生も合流する。高橋は、演奏について何も口にすることなく、明日からの練習予定を口にし、解散を命ずる。緊迫した空気もなく、悠奈は宮木に、お疲れ様でした、と笑みを含んだ声を掛ける。


「どうだった? 私のソロ」

「良かったですよ」


 サックスの音色で何が良くて、何がいまいちかわからない悠奈は、ありがちな答えを口にする。


「悠奈ちゃんも、来年は一緒にソロできたら良いね」


 宮木は鞄を持ちながら、期待を滲ませながら帰っていく。悠奈はまだあまり絡みのない緊張からか、口角を硬くしながら「は、はい」と答えた。まだ自分が、あの舞台に立てるなんて、想像する余裕もない。まだ、リードをリガチャーを緩めたマウスピースに装着して、音を鳴らす。そして、ネックを装着して少し低くなった音を鳴らす練習を繰り返す。この基礎練習が、何を意味するのかは彼女もわからない。一日ならわからなくもないが、二日、三日と同じ練習を繰り返しても、本体を装着して多種多様な音色を奏でることに、効果は現れるのだろうか。悠奈は、宮木の指示に少々不満がある。気にする間もなく、停めていた水色の自転車の施錠を解こうと屈む久慈の姿を目にした。お疲れ様です、と声を掛けたいが、三年の先輩にはガチガチな男の子、チューバを演奏する神明原しめはらにファミレスに行こうと誘われ、いいよ、と答えたところだった。悠奈は一歩退き、まだ開いたままの入口を駆け、トイレに逃げ込んだ。バタバタとする靴の音が耳に届いた久慈は、一瞬左に首を向け、廊下内の様子を遠目で伺う。しかし、誰もいなかった。

 市民会館から津丘中学校の校区内へ戻り、さらに東方向の町に進んだ先にある国道沿いにあるファミレスで、久慈はドリンクバーから注いだオレンジジュースを一気に飲み干し、最近気に入っているRPGの紹介をする神明原の話を適当に頷き、流していた。興味のないジャンルを話すより、久慈は今日の出来を振り返りたい。しかし、コンクールに力を入れていないあの部活動のために、友達を巻き込むのもどうだろうか。久慈は、おかわり入れてくる、と言って席を立った。


「辞めたいのにな」


 グラスを水で濯ぎ、ジンジャーエールを注ぎながら漏れる本音。久慈は、ゴールデンウィーク中の長期休暇を使い、地元に帰ってきていた叔父が見に来てくれていたことを喜んでいた。その一方で、演奏を聴いた叔父が口にした褒め言葉に、自分達の演奏が他の二校に負けている、と改めて自覚させられた。


陽人はるとの音、よく響いたよ」


 叔父は自分の音色を褒めいていた。その気持ちは理解できるし、素直に嬉しかった。しかし、チームの演奏としては、成立していない。バリトンサックスは低音である以上、ソロ以外で主役になることはできない。脇役でなければいけない。そう教えたのは、高橋だ。久慈は大きく溜息を吐き、届けられたイカスミパスタを頬張る神明原のもとへ戻った。

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