第46話 ウバルリー
ウバルリーの高速船は一路彼らの主星を目指しているらしい。
俺たちは窓のない個室とそれに続く小さなラウンジで到着までの時を過ごした。
個室のモニターでコスモウェブを見ていると、アニータの夫であるトラータ星系の議員が余計なことを言って炎上している。
お尋ね者の俺たちを確保できない軍を批判しているのだが、そのお尋ね者に助けられたのにと笑われていた。
旅客宇宙船での醜態を収めた動画も拡散して失笑を買っている。
お気の毒に。
見飽きたのでラウンジでヒューゴとだべっていると、ミリアムも参加した。
そこに1人のウバルリー人がやってくる。
背の高さが1メートル50センチほどの柱サボテンのような形状をしているウバルリー人は胴のてっぺんに乗せた機器を通じてテラ人類の音声を出した。
「やあ。親愛なるマツダーイラ船長。これからアドバイザーとして同行することになっているリンシン少尉だ。よろしく頼むよ。若いが優秀な船長と聞いている。私のことはリンシンと呼んでほしい」
「俺は軍に所属していたときは軍曹でしたが」
「今は退役しているのだろう? 階級は関係ない」
「それではリンシン。よろしくお願いする」
それからミリアムとヒューゴを紹介する。
お互いの紹介が済むとリンシンが今後の予定を説明した。
「この船は我々の基地に向かっている。そこでマツダーイラ船長のミレニアム号を降ろして改修する。それが終わったら出発だ。まずはテラ人の宙域を回って古い機器を調達し、あのメモリユニットのデータをサルベージすることを第1目標にする。ミリアムさん、あなたの活躍に期待しているよ」
「任せて頂戴」
ミリアムは力強く請け負う。
「ヒューゴさん、危機のときにあなたの突破力は頼りになると聞いた」
「おう。自慢になることじゃないが、戦闘ならおれの出番だ。ちゃんと皆を守るぜ」
ヒューゴは指の骨をポキポキとならした。
そこで俺は懸念材料を指摘する。
「テラ統一政府の勢力圏に入るとなると俺とヒューゴは確実に色んなところで注意を引きつけることになるだろう。田舎ならそうでもないだろうが、古い電子機器を調達できるような場所だと身分証明書のチェックはある。ヒューゴは頼りになるがでかいし目立つ。可能ならトラブルは避けた方がいい。それと、相変わらず俺はお尋ね者なのだろう?」
「そこは問題ない。我々が新たな身分証明書を発行する」
「ウルバリー人がテラ政府の身分証明書をか?」
俺の質問にリンシンの頭部の突起物が少し萎れる。
これは確か羞恥を表していたはずだ。
「我々とテラ統一政府は友好関係にあるが……、まあ、時には友人に知られたくないこともある」
「ああ。まあ、気にしないでくれ。そういうこともあるさ。そもそも、俺の同胞に裏切者が居るんだしな」
「マツダーイラ船長。あなたの寛容さに感謝する」
「いや、いいって。むしろ、俺らのために秘密にしていたことを明らかにしてまで身分証明書を作ってもらって申し訳ない」
「今や、この宇宙の危機だ。お互いに協力するのは当然だろう。私たちは直接関与はしないが、ターフ人やチュルーク人にも連携を呼びかけるつもりだ」
俺はターフ人の巨体やチュルーク人のチキン質の体を思い浮かべる。
「5年前まで戦っていた相手だぜ。そう上手くいくかな?」
「外宇宙からの侵入者は強力だ。手を取り合わなくては勝利はおぼつかない。大丈夫。彼らの中にもズヴォーグの存在を感知している者はいる。まだ数は多くはないがな」
「まあ、俺が交渉するわけじゃないからいいか。そういうのは人当たりが良くて頭のいい他の人に任せるよ」
「それでだ、話は変わるがマツダーイラ船長には我々に譲渡してもらいたいものがある。もちろん正当な対価はお支払いしよう」
「別に構わないが、なんだろう? ろくなものは持ってないと思うが。船に積んである大部分はアガルタベリー・ゼリーだよ」
「そうだ。そのアガルタベリー・ゼリーを譲ってほしいのだ」
「あれはあなた達に有害だってことで禁止されているはずだぞ。そもそも俺が追われるようになった原因はアガルタベリー・ゼリーなんだが」
「それがズヴォーグの策略なのだ。テラ統一政府内の裏切者を使って通商禁止リストにアガルタベリー・ゼリーを加え我々が入手できないようにしたということなのだよ。若者が成長するのに必要な成分が含まれているというのにだ」
ミリアムがほらねと自慢気な顔をした。
「アガルタベリーはウバルリーでも栽培しているんだろ?」
「安くて高品質なテラ人類製のものに駆逐される形で今ではほとんど栽培されていないのだ。全然生産量が追いついていない。それで、禁止リストの存在を知って我々が対処した時にはすべて廃棄されていたよ。このままでは若年層に深刻なダメージがでてしまう。ミレニアム号にはアガルタベリー・ゼリーがあると聞いたのだが」
「なんだ。俺の船を改装するという割には積み荷には手を付けていないのか」
「当然だろう。我々も私有財産は尊重する。ズヴォーグに対抗するための船の改修の許可は得ているが、積み荷を接収するなんてとんでもない」
「そういうことなら、好きなだけ持っていってくれ。10トンあるはずだ」
リンシンは全身の突起をワサワサとさせる。
なぜ翻訳機が作動しないのかと思っているとミリアムが解説した。
「ああ。これは気絶したようなもんだね。興奮のあまり体の自由が効かなくなっているんだと思う。ほんの一時的なものだと思うよ」
その言葉通り、数十秒後にはリンシンの翻訳機は仕事を再開する。
「10トン! これで我らの多くの若者の苦しみが救われるでしょう。マツダーイラ船長。あなたの好意を我々は一生忘れません。それでは申し訳ありませんが、一時中座させてください。この喜びを早く皆に伝えなくては」
リンシンは体の下部にある無数の器官を動かしてラウンジを出て行った。
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