第45話 大乱の予感

「おい、見ろよ」

 ヒューゴの声に腕をほどいてメインモニターを振り返った。

 高速戦艦と併進するようにして串に団子を3つ刺したような形の見慣れない宇宙船が出現している。

 そして、高速戦艦のあちこちが吹き飛び傷ついていた。

 主砲や生き残っていた副砲はもちろんのこと、先ほどミレニアム号のビーム砲で傷つけられなかった巨大なエンジンのカバーが無くなる。

 この不思議な攻撃は確か……。


 俺の体が後ろからぎゅっと抱きしめられた。

「助かった。あれはレムニアに協力しているウバルリーの高速船だよ」

 いまや、高速戦艦はただの鋼鉄の塊と化し航宙戦力として考えられない状態となっている。

 はっという音がすると俺を締めつけていた力が緩んだ。

 体の向きを戻すと涙ぐんだミリアムが頬を染め、アワアワとして俺の体を押す。

 年頃の女の子らしい姿に意識を奪われていた俺は哀れにも天井に背中を打ち付けた。

 その反動で下方へと漂い始める。


 慌てたミリアムがシートベルトを外して飛び上がり俺をキャッチした。

「リック。ごめんなさい。背中は大丈夫?」

「ああ、全然平気だよ。俺の背中の皮膚の厚さは戦艦並みだぜ」

「本当にゴメンね。別にリックのことが嫌だったというわけじゃなくて」

「ああ、分かっている。単にびっくりしただけだよな」

「そうそう。抱きついたのも意味はないから」

「ラムリーのクマちゃんみたいなもんだろ? たまたま、手近にあったというか」

「ええ、そうよ。今くっついているのも、リックの体が心配で飛び出したら、空中でどうしようもなくなっているだけだから」

「ああ、そうだな。ああ、くそ。一体何が引っかかっているんだ?」


 ミリアムは温かくて柔らかくかぐわしい。

 そんなものと密着していると冷静な行動が難しかった。

「あら、あら」

「これは一体どういうことだ?」

 聞き慣れない声がする。

 なんとか首だけを捻って見てみると、モニターに、困惑顔の2人が映っていた。

 いつの間に通信がつながっていたんだ?


「あ、パパ、ママ」

 モニターを見てミリアムが言う。

 確かにどことなく3姉妹に似ていた。

 しかし、見た目が若いな。

 お母さんなんて、サーシャさんと並んだら姉妹にしか見えないぞ。


「とーっても忙しそうなところ悪いのだけど、そちらの船を収容したいの。ハッチを開けてもらうから着艦してもらっていいかしら?」

「あ、はい」

 返事をするとモニターの映像と音声が消えた。

 はあ。

 ミリアムが大きなため息をつく。

「リック。悪いけど覚悟しておいて」

 何を覚悟するのかと思ったが、とりあえず今すべき事をしよう。

「おい、ヒューゴ。腹を抱えてないで手を貸せよ」


 数時間後、俺は風がそよぐ草原に腰掛けて美しい湖の景色を眺めていた。

 展開が速すぎてめまいがする。

 ウバルリー人の船に収容されてからの記憶自体が曖昧だった。

「リック。息してる?」

 横に座った美少女が問いかけてくる。

 魔法を使ったことによる疲労は回復したようだが、別の精神的疲労の跡が見えた。

 それでも、故郷の星にいるせいか、落ち着いた微笑を浮かべている。


「ああ、なんとかな。とても綺麗な景色だ」

 3姉妹を無事にレムニアに連れて帰ったことは誇らしい。

 最終段階はレムニアのマギとウバルリー人の来援によって事なきを得たが、全行程の9割は俺の功だと言っていいだろう。

 いや、俺たちか。

 ミリアムたちが居なければ俺の逃避行はどこかで頓挫していたと思う。

 いずれにせよ、ミリアムの両親からは俺のお陰と感謝された。


「そう。とても綺麗。でも、毎日見ていると飽きちゃうんだよ。自分でもわがままだと思うけど。毎日この景色を見て過ごしたいという日が来るかもしれないけどね。だけど、それは今日じゃない。まだ、ボクはミレニアム号のメカニックってことでいいよね?」

 レムニアのマギたちはこれからの大戦に備えて、二手に分かれることになっている。


 実はこの宇宙とは別の宇宙から秘かに侵略を受けていた。

 既に少なからぬ数の外宇宙人ズヴォーグがいて、それに協力しているテラ人類がいる。

 ミレニアム号を破壊しようとした高速戦艦はその一派が乗った船だった。

 どうも、あのメモリユニットを破壊しようとしていたらしい。

 まだ、メモリユニットの中身の解析は終わっていないが、相当重要なもののようだ。

 レムニアのマギは、ウバルリー人と共にこの外宇宙人と戦うことを決めている。


 マギの半分はレムニアに残ってこの星を封鎖し隠蔽することになっていた。

 ミリアムの両親は残留組である。

「いいのか? 戦いの帰趨によってはもう2度と両親と会えなくなるんだぞ」

「そうならないためにもボクは行くよ。ここにいてボクができることより、外の方が役に立てるから」

「だとしても、他のマギと一緒の方がいいんじゃないか?」


 ミリアムが白目になった。

「あのさ、話を聞いていた? メモリユニットはテラ人類の古いものだから、ウバルリー人には手に負えない。かと言って、誰がズヴォーグに操られていたり、寝返っているか分からないから統一政府に提供するわけにもいかないって話になっていただろ?」

「それで、ミリアムが引き続きその任にあたるんだよな。さすがだよ。そんな大事な役割なんだから、他のマギと一緒の方がいいと思うんだけど」


「それぐらいのことは父や母、それに評議会のメンバーだって考えているよ。彼らの中にはぼんやりと未来が見える人もいる。その人たちがね、ボクはリックと一緒にいた方がいいと決めたんだ」

「そうなんだけどな。責任重大というか」

「そんなにボクが同行するのが嫌?」

 俺の顔を覗き込んでくる。


「素直に喜べばいいのに。姉さんほどじゃないけど、ボクだって悪くないでしょ?」

「いや、それはそうなんだけど」

「煮え切らないなあ。ボクはマギの中じゃ浮いているからさ。リックと一緒で嬉しいよ。それに、父はともかく母には逆らわないことを強くお勧めする」

 サーシャさんをもうちょっと突拍子もない感じにしたミリアムの母親を思い出した。


「ではこれからも、ミレニアム号のメカニックとしてよろしく頼むよ」

「うん」

 ミリアムは嬉しそうに笑う。

「気分がいいから、リックにボクの秘密を1つ教えてあげるよ。ボクのマギとしての能力の特性は『否定』さ。存在を否定する」

 なるほどね。あのときは高速戦艦の副砲を否定したのか。

 これからは今以上に喧嘩をしないように気を付けた方が良さそうだ。


 町に戻ってウバルリー人の高速船へと向かう。

「それじゃ、娘のことはよろしくお願いしますね」

「私はまだ認めたわけ……」

 ミリアムの父親は急に体を折り曲げ、母親がさあもう行きなさいと手を振った。

 慌ただしい別れだが仕方がない。

 俺とミリアムは高速船に乗り込む。

「リック。随分と遅かったじゃないか」

 ヒューゴがやってくると文句を言った。

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