第44話 高速戦艦
「もう最悪」
ヒューゴと仲良くG00の世話になったミリアムが目頭に涙を溜めて言う。
かくいう俺も今回はリバースした。
G00を順に回収して廃棄する。
げっそりしたヒューゴが表情を変えた。
「まさか、追いゲロか?」
俺の問いかけを無視してコンソールを弄る。
「おかしいぞ。レーダーや探査機器が山ほど稼働してる」
「こんな誰も来ない宙域にそんなはずはないだろう」
戦術ディスプレーに黄色い点が多数表示された。
「ヤバい。待ち伏せだ」
その声と同時にミレニアム号周辺に赤いエリアが表示され、すぐに高速戦艦が1隻出現する。
ミレニアム号の速度と進路に完全に同調してあった。
検束ビームが照射されたのか、軽い衝撃が走る。
サブモニターの1つに映像と音声が表示された。
表情を読みにくい壮年の男がしゃべり出す。
「こんにちは。リック・マツダイラ船長。燃料の無駄遣いだ。エンジンは停止したまえ」
俺は歯噛みしながらもミレにエンジン停止を命じた。
振り返ったミリアムの顔を見るが、首を横に振るだけである。
さすがに検束ビームを受けた状態でのジャンプは難しいらしい。
「映像をつないでくれないかな?」
男の要求に従うと僅かに頬の筋肉を動かした。
いいようにやられて腹の中が煮えくり返る。
相手が統一政府とはいえここまで一方的にやられるとは気に入らない。
「検束ビームを止めろ。さもないとあんた達がご執心のものをぶっ壊すぞ」
「おやおや、船倉がジャムまみれになりますね」
「とぼけるのはやめてもらおうか。パーティのオードブルのクラッカーに乗せるゼリーを手に入れるためにこんな大がかりなことをしているわけじゃねえだろ」
「それで? 何を我々が探しているというのかね?」
「さあ、なんだろうな」
「はったりですか。悪あがきはみっともないですよ」
「そう思うなら好きにすればいい。接舷してみろ。すぐに破壊してやる。バラバラになったあれでジグソーパズルでもするんたな。それで役に立つとは思えないが」
「ふむ。それでは仮にですよ、あなたが何か大事なものを所持しているとしましょうか。それを私たちに譲渡する条件はなんでしょうか?」
「俺に対する全ての告訴の撤回、積荷の代価の補償、この船に対する俺の権利の確認と経費の補填かな」
「そうですか。それならばいっそのこと軍の新造船と交換でどうでしょう? 悪い話ではないと思いますが」
「ダメだ。新造船なんざ信用できない。俺の船は安定運用の実績がある。戦後に作った船と交換なんざできるかよ。それにどんなびっくり箱を仕掛けられているか分かったもんじゃない」
「お若いのに大した見識だ。軍に復職してはいかがです? 人類全体のために奉仕する。やり甲斐のある仕事だと思いますが」
俺は返事をせず歯をむき出す。
壮年の男は穏やかな顔で沈黙した。
しばらく黙ったまま見つめ合う。
「え、まさか、お互いに一目惚れしたゃったとか?」
ヒューゴがふざけたことを言うが、男は眉1つ動かさなかった。
「いいでしょう。マツダイラ船長、要求を飲みましょう」
「随分と物わかりがいいな。何か裏があるんじゃないかと疑っちまうぜ」
「こちらが譲歩しているというのに文句を言われるとは。こちらもあまり時間をかけていられないのですがね。とりあえず、こちらの欲しいものが何か言ってみていただけますか」
「それは古いメモリーユニットでコアに蝶の……」
俺が話を始めると、サブモニターに居室の様子が映し出される。
「船長、その船、なんか変です」
「ミレ。シールド全開!」
俺が叫ぶのと戦艦の副砲からビームが発射されるのがほぼ同時だった。
メインモニターが白く強烈な光に洗われる。
至近距離からの戦艦のビーム直撃にシールドが耐えられたことに驚いたが、メインモニターが回復するとその理由が分かった。
副砲だけがすっぱりときれいさっぱり消えてなくなっている。
俺は高速戦艦からの通信を切るとミリアムに声をかけた。
「大丈夫か?」
「……。大丈夫じゃないね。ちょっときついや」
パイロットシートを抜け出すと火器管制席に飛びつく。
すっかりやつれ切ったミリアムが荒い息を吐いていた。
「初めてな上に構造の分からない大きなものはキツイね。ごめん。もう1回はちょっと無理だ」
検束ビームのせいで高速戦艦との位置が固定されているため、ミレニアム号を狙える砲塔は1つだけしかない。
しかし、検束ビームが解かれ高速戦艦が移動を始めていた。
幸か不幸か、高速戦艦の図体が大きすぎて他の砲塔がミレニアム号を撃てる位置にくることはない。
高速戦艦がミレニアム号から離れていくのが見える。
しかし、でかいとは言ってもエンジンも強力だ。
すぐに回頭して戻ってくるだろう。
火器管制席のコンソールを操作してビーム砲を発射した。
高速戦艦後部のメインエンジンの噴射ノズルに命中するが、悲しいことにほとんど損害を与えられていない。
「ミレ。全速前進。高速戦艦を追尾するんだ」
今や助かる方法はミレニアム号を高速戦艦の死角であるケツにぴたりとつけることしかなかった。
ミレニアム号のメインエンジンが吠えて急発進をする。
俺は火器管制席にしがみついた。
静止状態からの加速では、質量の差もあって悪くない感じでついていくことができる。
しかし、徐々に差が開き始めた。
間近でミリアムが悲しそうに詫びを言う。
「ゴメンね。いざというときにレムニア・ドライブが使えなくて」
「謝ることはない。ミリアムはベストを尽くしたさ。あの砲塔吹っ飛ばしてくれて助かった」
慰めながら自問した。
俺の推測が間違っていたのか?
それとも軍が何かを探していたという前提自体が誤りだった?
交渉でなんとか切り抜けられると思っていたらいきなり撃ってくるなんて、まるで船ごと消し去りたいみたいじゃないか。
見立ての甘さにどっと後悔の念が押し寄せてくる。
自分の心情を整理できないまま、俺は座席ごとミリアムを抱きしめた。
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明日は21時に臨時更新します。
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