第43話 余波

 ミレニアム号を旅客宇宙船から離れさせると加速を始める。

 予定ではキッカ2で通常エンジン用の燃料を補給するつもりだった。

 ただ、こんな事態になってしまっては、キッカ自治領政府もミレニアム号を歓迎はしないだろう。

 あの議員があること無いこと言うに決まっている。

 他の乗客やクルーの証言もあるだろうから、最終的には俺たちの言い分が通るだろうが、そのときには統一政府の軍艦のお迎えも来ているはずだった。


 まだしばらくは補給をしなくても燃料がもつので、逃走を優先することにする。

 キッカ星系からウバルリー人の領域の間にはほとんど無人の星系しか存在しない。

 チュルーク人への抑えとして設置された宇宙要塞がある星系を除けばどこも似たり寄ったりだった。

 適当に選んでハイパージャンプをする。

 1日とちょっとの自由時間ができてコクピット内の空気は緩んだ。


「いやあ、即席のチームだったがいい動きだったな。ほぼ損害ゼロでハイジャック犯を制圧するなんてなかなかできるもんじゃない。しかし、リック。よく思いきって旅客船のコクピット突入を決断したな」

「実際のところは俺も迷った。だけど、ミリアムが大丈夫って言うからさ」

「え? ボクはそんなこと言ってないけど」

「いやいや、俺にウィンクしたじゃないか。あれはコクピット内の状況を確認して大丈夫ってサインだろ?」


「えー。なんでボクにコクピットの中の様子が分かるのさ。あれは船長を励まそうとしただけだよ」

「本当か?」

「嘘だよ。もちろん、あれは大丈夫って伝えた」

「ほお、以心伝心、なかなか仲が良くて結構なことだ」

 ヒューゴが何かを含んだ言い回しをする。


「今メチャクチャ焦ったじゃねえか。そういうジョークは笑えないぞ」

 俺の抗議にミリアムはフフフと笑う。

 あ、この感じ、ちょっとサーシャさんに似ているかも。

 やはり姉妹なんだなあ。

「実際には問題なかったんだからいいだろ。それにそろそろボクとのアイコンタクトぐらい正確に読み取れるようになってくれないと」

「そろそろって、まだ知り合って数日だけど」


「リック。それは違うぞ」

 ヒューゴが割り込んできた。

「古典的ロマンス文学に『ロミオとジュリエット』というのがある。何度も翻案されてきた名作なんだが、この2人の熱愛はなんとたった5日間。これくらいのスピードで進む恋もある」

「あの。その話、2人が亡くなって終わる悲恋ですよね。そもそもボクたちは仕事上のパートナーです。なんてものを例に出しているんですか」

 ミリアムが白い目でヒューゴを見る。


「いや、人間の関係は付き合いの長さじゃないって話の例だからいいだろ?」

「まあ、いいですけど」

「ヒューゴのことは放っておいて話を戻すが、本当に助かったよ。ミリアムが居なかったら、あんなに早く突入できなかったし、キッカ3に突入するのも止められなかったかもしれない」

「そんなことはないよ。2人が宙賊をあれほど早く排除したからできたことだし」

「それを言ったらミリアムさんの作ったボウガンが想像以上に効果的だったということの貢献度だって大きいだろう」


 ミリアムは嬉しそうな顔をするがすぐに引き締めた。

「でもさ、ボクが人殺しにならなくてすむように2人が気を遣ってくれていたのは、ボクにも分かってるんだ」

 俺はヒューゴと顔を見合わせる。

 ヒューゴの目は任せたと語っていた。

 まったく。それこそシェークスピアでも何でも引用すりゃいいじゃねえか。

 ただ、これに回答するのは俺の役割だというのは分かっていた。


「えーと、別にミリアムのことを評価してないとか半人前だと思ってるわけじゃないからな。人を殺すとその理由の如何に関わらず魂が変容するんだ。住む世界が変わる。俺やヒューゴはもう世界の境目の川を渡っちまったが、できればミリアムにはそっち側に留まって欲しいんだよ」

「ボクだってその覚悟はできてる。船長もそんなに年齢は変わらないじゃないか」

「そうか。そうだな。気に入らないだろうが、まあ、これは俺のわがままだと思ってくれ」


「じゃあ、あの女の人の呼びかけに応じなかったのも、人殺しの世界に足を踏み入れさせたくないから? 旅客船で声をかけてきた人、船長の元婚約者でしょ?」

「後半の質問の答えはイエス、前半はノーだ。応じなかったのは、単に俺の目が覚めただけさ。だって、1度は俺よりもあんな男を選んだんだぜ」

 小さなプライドを気にしていると馬鹿にされるかと思ったがミリアムは何も言わない。

 しばらく沈黙がその場を支配する。


「分かった。ボクはとりあえず2人の庇護を受け入れるよ。でも、必要になったらボクもそちら側に行くからね」

「そりゃ、ミリアムやミリアムの大事なものを守るためなら躊躇わなくていい。平和な時代で安全な場所なら別だが、今はそんな状況じゃないからな」

 ミリアムはヒューゴに視線を移した。


「私の大事なものには姉も入っているからね。力づくで関係を迫ったり騙したりしたら」

 ミリアムは宙賊から取り上げたレーザーピストルを取り出す。

 それをそっと空中に浮かべたと思うと、次の瞬間にはそれが消えていた。

「アポートの逆をしたわけじゃないよ。あのレーザーピストルはもうこの世界に存在しない。ボクはもっと大きいものでも同じことができるんだからね」

 ヒューゴの喉仏が上下に動く。

「よく覚えておくよ」


「えーと、手の内を明かしても良かったのかな? 前は嫌がっていたけれど」

「船長のことは信用することにした。まあ、1つ知られるのも2つ知られるのも一緒だからね」

「それはどうも。ヒューゴのことは?」

「船長のおまけだから仕方ないね。そうだ。1つお願いがあるんだけど」

 ミリアムがまっすぐに俺を見つめてきた。


「なんだろう? 俺に叶えられることだといいけど」

「これからリックって呼んでいいかな?」

「ぜんぜん構わないけど、どうして今なんだ?」

「別に、なんとなく。それじゃリック、ボクはちょっと休ませてもらうよ」

 ミリアムは火器管制席に座る。

「居住エリアで寝てきてもいいんだぞ」

「ボクもクルーってことを改めて自覚しただけさ。そこまで特別扱いはしないでほしいな」

 俺の返事を待たずにミリアムはシートを思い切り倒した。

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