第42話 決断

 どうする?

 判断を委ねられた俺は助言が欲しくて見回す。

 ヒューゴは一言。

「リック。好きに決めろ。任せた」

 結果は俺も引き受けるというように親指を立てる。

 ミリアムを見ると口が動いていた。


 軽く頷くと笑みを浮かべながら俺にウインクをする。

 やっちゃえ。

 俺は再度後方を見渡し怪しい動きがないことを確認すると1つ息を吸う。

「ゴー」

 行動開始を告げた。

 ミリアムがドアのロックを解除する。

 ヒューゴが油圧に逆らい力任せにコクピットの扉を少しだけ開けた。


 屈み込んだ俺が隙間からスタングレネードを投げ込む。

 ヒューゴが手を離した。

 扉が閉まりきる前の刹那、激しい光と音とが漏れる。

 ミリアムがコンピュータを操作し、コクピットの扉を開けた。

 万が一に備えて扉の前で仁王立ちするヒューゴの横をすり抜ける。

 航宙会社の制服を着た全員を武装解除して拘束した。

 そのうちの誰かは本物だろうが、それを確かめるのは面倒だったし、それは今俺がすることじゃない。


 まずはコクピットの状態を確認した。

 通信装置と思われる部分が破壊されている以外は問題なさそうに見える。

 ただ、見かけが全てではない。

 明らかに外部から持ち込まれたと思われる機械が壁に接続されているのも気になるところだった。

「メカニック!」

 敢えて名前を伏せてミリアムを中に呼び入れる。

 やはり俺が目をつけたものが気になるようでチェックを始めた。


 モニターに注意喚起の表示が出る。

 このままだとキッカ3に突入するコースが設定されていた。

 パイロットシートの操縦棹に触れてみるが反応しない。

 俺はミリアムの横顔を眺めて待つ。

 高速で指を走らせる姿はプロそのものだった。

 可愛いというよりも格好良さが際立っている。

「よーし、いい子ね」

 小さな呟きが聞こえてきた。

「あと少し、ここを……」


 俺にできそうなことはなかったので、コクピットの入口に頑張っているヒューゴのカバーに回る。

 乗客の方に向いて身構えている後ろから声をかけた。

「もうちょっと時間がかかりそうだ。このままだと、キッカ3に新たなクレーターができるかも。手動操作を受け付けねえんだ」

「おー、そりゃ大変だ」

 ヒューゴが緊張感のない反応をする。


「でも、うちのエンジニアは優秀だから大丈夫だろ?」

「まあな。で、こっちは?」

「そろそろ、ショックから解放された跳ねっ返りが状況を説明しろと騒ぎ出す頃だな。ほら、来やがった」

 シートベルトを外した若い男が俺たちの方へと漂ってくるのが見えた。

 これはこれは。

 運命の悪戯とやらに笑いがこみ上げてくるのをこらえていると、若い男が居丈高に詰問する。


「一体どうなっているんだ? どういう状況か説明したまえ」

「え? なんで?」

 ヒューゴが素で返した。

 大人げないけど、まあ、当然だよな。

「私は統一政府の議員だぞ。納税者の代表として、治安組織の活動について問いただす責任と義務がある」

「はあ、そうですか。それが何か?」


 とことんテンションが低い。

 あー、これはマズい。こういう権高な相手にはとことん反発するんだよなあ。

 ヒューゴはボウガンから持ち替えてあった大口径のプラズマショットガンのレバーをスライドさせ発射できるようにしている。

 ようやく高慢ちきは事態を把握したようで一歩下がった。

「な、なんだ?」


 俺は相棒の肘に手をかける。

 生身の俺では装甲服の動きを止めることは無理だが、意図は伝わったようだ。

「なんだよ。邪魔すんなよ」

「まあ、ここは俺に任せろって。こちらにいらっしゃるのはトラータ星系の選挙区から選出された議員先生なんだ」

 横からしゃしゃり出た人間が自分の立場を理解していることに力づけられたのか、アホは居丈高な態度に戻る。


「なんだ。お前が責任者か? この部下の態度は報告ものだぞ」

「うーん、ちっがうんだなあ。部下じゃなくて相棒なんだな。これが」

「だから、なんだ?」

 俺はバイザーを上げた。

 相対している男は目を細めただけだったが、この男が先ほどまで座っていた席の辺りから声がする。

「リック!」


 議員は振り返り顔を戻すとさあっと青ざめた。

「というわけで、俺があんたに事情説明する義理がないって分かった? なので自分の席に戻ってくれる? 邪魔なので」

 議員は座席から手も離して慌てて逃れようとするものだから、醜態をさらしながら空中をフワフワと漂っている。

「やめろ。私は私の職務を果たしただけだ。た、助けてくれ」

 チラリと視線を動かすとアニータの顔が歪んだ。

 まあ、気持ちは分かる。

 パートナーがこれほどダサい行動をすると恥ずかしいよな。


「船長。終わったよ。オートクルーズを解除して停船するようにした。救難信号も出したから、30分以内には自治政府の艦船がやってくる」

 後ろから声をかけてきたミリアムが俺の顔を覗き込む。

 ミリアムはグリュースファルのときと同じようにゴーグル等を装着しているので、俺からは顔が見えなかった。

「お疲れさん。よくやった。30分だとあまりのんびりとしてられないな。じゃあ、引き上げるとしますか」


 ヒューゴが議員を押しのけて通路を進み始める。

 次にミリアムを進ませて俺が殿を務めた。

 アニータのすぐ近くを通る。

「リック。待って」

 その声に正直に言えばかなり心はぐらついた。

 しかし、俺は立ち止まらずそのまま歩み続ける。


「お願い……」

 アニータの声音は甘かった日々を想起させた。

 ひょっとすると父親に逆らえなかっただけかもしれない。

 そんな考えにすがりたくなるが、俺の中の意固地な部分が反発をする。

 未練がましくまだ所持していたアニータの写真を取り出すと上半身を捻って指で弾いた。

 回転しながら写真はアニータの方へと飛んでいく。

 それきり2度と振り返ることなく俺は先を行く2人の背中を追いかけた。


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