第40話 恋とか愛とか

「ボクたちの噂を知らないわけじゃないんだよね?」

「ああ、色々言われてるな」

「気にならないの?」

「俺は他人の評価は参考程度に留めておくことにしている。リックだって、会う前にはクソ生意気で喧嘩っ早くて捻くれ者だって話だったが、実際に会ってみたらそんな表現じゃ間に合わないぐらいの悪ガキだった」


「は? 普通の話の流れじゃ俺を褒めるところだろ?」

「事実だから仕方ない。まあ、悪ガキなりに責任感はあるし可愛いところもあるんだ。攻撃を受けて放棄された基地の探査任務のとき、亡霊が出るって話になったら……」

「ヒューゴ。黙れ」


「ほらな。こんな感じで餌を3日貰えなかった虎なみにすぐに噛みつく。こんなリックと共同生活ができるなんて聖者でもなければ無理だろうよ。というわけで、俺にとってみればマギかどうかというのは二の次なのさ」

 得意げな顔をするヒューゴを睨みつけるが、どこ吹く風という感じである。

 コーンスープをスプーンですくって飲んでいたラムリーが首をコテンとした。


「ねえ、おじさんはリックとケンカしてるの?」

「いいや、これは喧嘩じゃない。仲が良すぎるだけなんだ」

「ふーん。じゃあ、お友達なの?」

「そうだね。お友達だ」

「そっか。私もね、リックのお友達だよ」

「リックと仲良くしてくれて、ありがとな」

 えへへ、と笑うとラムリーはコーンスープを食べる動作を再開する。


 その様子を見ていたミリアムが幾分表情を和らげた。

「船長があなたを乗せると決めた以上、ボクはそれを受け入れるよ。だけど、一応警告はしておくね。変な真似をしたら後悔することになるよ」

「それは肝に銘じておこう。俺だけじゃなくて、リックの評価にも関わるだろうからな」

 何言ってやがる。

 さっき俺の過去の恥ずかしい話をバラそうとしてたくせに。


「それはそれとして、あなたがいると部屋が狭いです」

 ミリアムが文句を言った。

 確かにヒューゴはデカいが弁護してやるか。

「そりゃグリズリーの親戚かってくらい大きいけど、今さら小さくなるわけにもいかないから、その点は勘弁してやってくれ」

「私のクマさんよりも大きいもんね」

 ラムリーが壁にもたせかけている縫いぐるみを振り返る。

 なるほど、妙に懐かしい感じがしたのはそういうことか。


「まあ、それはそうだね。骨を削るって方法もあるけど」

 ミリアムは物騒なことをいいながらも一旦矛先を収めた。

 船長としてこの場を収める提案をする。

「まあ、俺とヒューゴは今後はなるべく居住エリアは使わないようにするよ」

 その発言にミリアムは少し慌てた。

「船長まで付き合うことはないでしょ?」

「そうは言ってもな。ヒューゴだけ除け者ってわけにはいかないだろ」


 微妙な空気を気にしないようにサーシャさんが尋ねてくる。

「でも、食事はどうするのですか?」

「食事は通路の途中に飲料のチューブがあるからそれで」

「それじゃ落ちつかないでしょう?」

「一応慣れてますから」

「でも、それでは申し訳ないですわ」

「サーシャさんたちはお客さんみたいなものです。気にしないでください。ヒューゴも平気だろ?」

「最近はろくな固形物を食べてなかったしな。全然問題ない」


 食事が終わると俺とヒューゴはコクピットに戻った。

「ひょっとして俺は邪魔者だったか?」

 ヒューゴが神妙な顔をする。

「馬鹿な真似をするからだよ。あれで警戒されてるんだろうが」

「だって、サーシャさん、すげえ美人だろ」

「あのなあ。本当にその点についてはブレないんだな」

「そりゃそうさ。黙っていても付き合えるほど俺は見た目が良くないからな。こっちからアクションしなけりゃ何も始まらないんだぜ」

「その話は何度も聞いたよ。でも、もうちょっとやりようがあるだろが」


 ヒューゴのニヤニヤ笑いが大きくなる。

「ほう。それじゃリック大先生にスマートな口説き方のお手本をみせてもらいたいね。ミリアムって娘に気があるんだろ?」

「馬鹿言え。雇用関係にあるんだぞ。優越的地位の悪用なんぞできるか」

「だけど、彼女はマギなんだよな。別にお前の方が力関係が上ってことはないだろうが」

「確かに実力はミリアムの方が上だよ。だけどメカニックの席を提供できる人間というのは限られてるんだ」


「なんだ。もう既に権利の濫用をしているんじゃないか」

「違う。俺はミリアムの能力を見てメカニックになってくれって頼んだんだ。まあ、俺のような零細トレーダーの船に雇われてくれるとは思わなかったから、そういう意味ではマギってことにつけ込んでるのかもしれないけど」

「ふーん。まあ、そうやって少しずつ距離を縮めていくのもいいけどな。折角の若さなんだから有効活用しろよ」

「ヒューゴが言うほど希少価値はないだろ」

「アホか。若さだけは努力じゃどうしようもねえんだぞ」

「そもそも、俺はミリアムのことをそういう目で見てねえし」


 ヒューゴは目玉をぐるりと回した。

「お前、まさかまだ振られた女のことを引きずってんのか? やめとけ。相手はもう既婚者なんだろ」

「サーシャさんを口説くヒューゴには言われたくないんだけど」

「あのな。俺はまだサーシャさんにノーと言われていない。つまり、確率はかなり低いにしてもゼロじゃない。お前さんはノーと言われたんだ。そんな女はさっさと忘れちまえ」

「でも、アニータとは婚約まではいったんだ。ミリアムとこれから積み上げていくのが上手くいくとは限らないだろ。また、ダメになるかもしれないじゃないか」


「く~。たった1人に振られたぐらいで何を臆病になってんだよ。俺なんか、振られてばかりだぜ」

「自慢すんな」

「本当にあの娘のことはなんとも思ってないのか? じゃあ、俺が口説いても文句はないな」

「おっさんが十代にそういうことをするのは純粋に気持ち悪い」

「あのな。俺は他人に取られても悔しくないのかって話をしてるんだよ」


「それを決めるのはミリアムだろ」

「だから、その候補に手を挙げるのだけはしろって言ってんだよ」

「なんで俺の恋愛にそんなに熱心なんだよ? おかしいだろ」

「いいか。別にお前が恋愛とか結婚に興味がないならそれでいい。そうじゃないだろ? こいつは俺のカンだがな、あの娘との関係、きちんと決着をつけとかないと一生引きずるぞ」

 まったく、この恋愛脳が。

 そうは思うがヒューゴの言うことはもっともだと頭の一部は肯定していた。

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