第38話 痴態

「あ、サーシャさん。この男は悪い人間じゃないんですけど、女癖だけは最低なんで頭を踏んづけるか蹴飛ばしちゃっていいですからね」

 いきなり目の前で口説き始めたヒューゴに困惑しているので、俺が助け舟を出す。

「えーと……」

 かえって混乱させてしまったようだ。

 そりゃ淑女はそんなことできないよな。


「おじさん、悪い人なのね。えーい」

 ラムリーがヒューゴの脚をポコンと蹴る。

 偉いぞ。

「うおお、いてえ」

 ヒューゴがわざとらしく脚を押さえて転がった。

「お嬢ちゃん、サーシャさんの子供かな?」

「違うよ。私はお姉ちゃんの妹」


「そうか。まあ、サーシャさんなら子供が居ても問題ないけどな」

「おい、ヒューゴ。いい加減にしろ。サーシャさん、どうしたらいいか困っているだろ」

 ヒューゴは床にへばりついたまま首だけで俺を振り返る。

「リック。お前、サーシャさんとはどういう関係だ?」

「運命共同体ってやつかな。だから、そういうのはやめろって言っているんだ」


「ねえ。船長」

 騒ぎを聞きつけたのか後からやってきたミリアムの冷たい声が響いた。

「この船は船長のものだし、ボクが口を出す立場じゃないのは分かっているんだけど、この人を本当に乗せるの?」

 ヒューゴのことを見て明らかに迷惑そうな表情をしている。

 そちらを見てヒューゴはまた表情を崩した。


「これはまた凄い美少女じゃねえか。惜しむらくはまだ花開いていないが、美人になること間違いなしだ」

「おい」

 声に力を込めるとヒューゴはニヤリと笑う。

「その様子からすると、こちらのお嬢さんといい仲らしいな。安心しろ。リックのガールフレンドに手は出さねえよ。それに俺には守備範囲外だ」


「ボクは船長とは雇われのメカニックってだけだから」

「ヒューゴ、本当にいい加減にしろよ」

 そんな会話をしているとミレが警告した。

「陸地に治安組織の車両が集結しています。船舶も港を発進しました」

 おっと、あのガキたち、結局通報しやがったな。


「ミレ。係留索を解きエンジン始動だ。おい、ヒューゴ。ナビゲーターを頼む。サーシャさんとラムリーは居住エリアへ」

 俺がコクピットへの通路をかけ始めると、後ろから2人分の足音がする。

 梯子を登り、パイロットシートに座った。

 ミリアムとヒューゴがそれぞれの席についたのを見届けると、発進を命ずる。


 ミレニアム号はすぐに離水するとぐんぐんと上昇を始めた。

 手元の航法モニターを眺めていたヒューゴが尋ねてくる。

「サンクリ3からやってきてるのか。どこが最終目的地だ? このままウバルリー人の勢力圏でも目指すようだな。あそこは相互協定を結んでいるから統一政府の要請があれば送還されるぞ」


「そのことは後で考える。どのみち、直接ウバルリー人の勢力圏まではジャンプできないんだ。どこか適当な宙域を中継地点にする必要がある。どこがいいと思う?」

「カケル星系はどうだ?」

「却下だ」

 俺が即座に否定するとミリアムが振り返った。


「なんでダメなの?」

「3年前に派手にオープンしたカジノ衛星で有名なんだよ」

 俺の説明にミリアムは呆れた顔になる。

 ヒューゴは心持ち声を高めた。

「待て待て。考えがあってのことだ。カジノがあるから選んだんだよ。あそこは多星間複合企業体が運営してる。統一政府も直接は手が出せない」


「そりゃ、金を持っているお客さんに関しての話だろ。そんな金がどこにある?」

「100万クレジットにもなる積み荷があるんだろうが」

「さすがに規制品は売れないだろ」

「手数料はかかるだろうが売ることはできると思うぜ」

「とにかく却下。他にいい星系はないのか?」


「なら、キッカ自治領はどうだ? 統一政府に加盟しているがまだ色々と独自色を保っている。距離的にはカケルとそうは変わらない」

「星系図出してくれ」

 ヒューゴはナビゲーター席のコンソールをいじった。

 サブモニターに星系図が表示される。


 現在地から亜空間ジャンプで到達できる距離にある星系が表示された。

 キッカ自治領の方がカケル星系より人口も少ない。

「物資の調達はできるんだよな?」

「ああ。多少は割高になるかもしれないけどな。それはカケル星系も一緒だ」

 ヒューゴはカケル星系を推薦しているはずだが、こういうときに牽強付会はしなかった。


「それじゃあ、キッカ自治領にしよう。4つほど星系が含まれているが、どこも変わらないな?」

「ああ。その点はどこの星系も変わらない。まあ、自治領首府のあるキッカ星系でいいんじゃないか」

「ではそうしよう」

 全部を自分で背負わなくていいというのは心の負担が全然違う。


「ミリアムはどう思う?」

「カジノ衛星は論外かな。キッカ自治領なら、ボクは異論はないよ」

「よし。それじゃ決まりだ」

 俺が宣言するとヒューゴが疑念を示した。

「それはそうとして、宇宙船の速度をもうちょっと上げなくていいのか?」


 その言葉を合図にミリアムが席を立ってコクピットを出ていく。

 それを見送っていたヒューゴが重ねて言った。

「なあ、リック。分かっていると思うが亜空間ジャンプをするには速度が足りないぜ。2.5宇宙速度に達していないと亜空間から出ることができなくなることぐらい知っているだろう? あと、俺の席にもG00をくれ」


 俺がシートの横から取り出したG00を放り投げると、ゆっくりと漂っていったものをヒューゴが手を伸ばしてキャッチする。

「これが嫌で地上に降りたんだがなあ」

「頼むから周囲は汚さないでくれよ」

「ああ。サーシャさんに引かれないように頑張るさ」

 俺が話し終わると、瞬間的にミレニアム号は長距離を跨ぐジャンプを行っていた。

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