第37話 よくある話
ヒューゴは運ばれてきたビールに口をつけ、満足の吐息を漏らす。
「まあ、よくある話だ。戦争から戻っても郷里の誇りだと持ち上げられたのはほんの一瞬だ。景気が悪くてほとんど仕事なんざありゃしない。ザナドゥ外に出ようにも母が具合を悪くして心細がるもんでな。仕方がないから臨時雇いの駐車係さ」
「今日は仕事は行かなくていいのか?」
「クビになったよ。仕事帰りにさっきのような奴らに絡まれていた人を助けたら、つい力が入り過ぎちまってな。過剰防衛ってんで拘留されたんだ。それでもう仕事に来るなとさ」
戦場帰りの兵士による犯罪が社会問題になっていたことの巻き添えになったのか。
「それで……オフクロさんは?」
「大病を患っていたんだが、半年ほど前に死んだよ」
「じゃあ今は何をしているんだ……」
「さっき配給クーポンって言ったろ。地方政府に生活保護で養ってもらってる。最低限生きてはいけるぜ」
「勲章を売るほど困窮していたなら、なんで俺に連絡してこなかった?」
声が尖ってしまうが、ここ1年ほど自分のことが忙しくて連絡を取ろうとしなかった俺が言えた義理じゃない。
「アホか。いい大人がガキを頼れるかよ。そうじゃなくても、お前は色んなものを国に捧げたんだ。これ以上負担をかけられねえよ。まあ、連絡しようにも通信会社の料金払ってないからできないんだがな。そのせいで、わざわざお前さんから訪ねてきてもらっちまったわけだ。そういえば、お前が付き合ってた娘とはどうなった? 結婚するとかどうとか言ってただろ」
「破談になった」
「そうか。そいつは残念だったな。あいにくとこんな状態なんで遊びにゃ連れていってやれねえ。まあ若いからまだチャンスはある。知ってるか? 世の中の人間の半数は女性なんだぜ」
「そういう、ヒューゴはどうなんだよ?」
「見りゃ分かるだろ? 職も金もなけりゃ警察の厄介になろうかっていう中年だぞ。結婚は愚か1晩のお相手だっていねえよ」
シーフードを蒸し焼きにしたものが運ばれてくる。
ヒューゴは俺に勧めた。
「リックは肉の方がいいかもしれないが、ここの魚介類は悪くないぜ」
「俺に余計な世話は焼かなくていいから、ヒューゴが食え。酒ばかりじゃ体に悪い」
「そうか。じゃあご馳走になろうか。後で、配給切符で交換したものを持っていってくれ。それとも、宿が決まってなければ泊っていくか? 観光地なんで宿代はアホかってほど高いぞ」
「そうなのか。うん、美味いな」
俺は口にした海老について品評する。
「ヒューゴのところに泊まるって話だけど、そんなにのんびりしていられないんだ。船を不在にしている間に宇宙軍がやってくるとマズイ」
「宇宙軍ってなんだ?」
「ちょっと訳ありでね。軍に追われている」
「何をやったんだ? どっかの士官の奥さんでも寝取ったか?」
「あのな。そんなことで軍が動くかよ」
「そうか。グリュースファルなんぞに出入りしているからだ」
「順番が逆だ。軍に追われるようになって、エンジュリウムを買うためにグリュースファルに寄ったんだ。そこから、ずっと逃げ続けている」
「ひょっとするとあれにも関係してないよな?」
ヒューゴは壁に掛かっているモニターを親指で指した。
古びた画面には騒然とするカンクンシティをバックにレポーターが口をパクパク動かしている。
テロップには麻薬の密輸にフリートレーダーが関与か、との文字が躍っていた。
画面が分割されて軍に所属していた頃に撮った俺の顔写真が表示される。
「やっぱり若いな」
「おい、リック。麻薬に手を出したのか?」
ヒューゴの声が低くなった。
「いや、誤解だ。ちゃんとヒューゴに言われたことは守ってるって。あれもでっちあげの一部だよ」
「他に何をした? 何をしたことになっている?」
「100万クレジット相当の禁制品の所持。あ、ちょっと待て、麻薬じゃねえから。アガルタベリー・ゼリー1トンだよ」
「なんでそんなに? お菓子屋でも始めるつもりか?」
「欲をかいたってだけさ。ま、こいつは表向きの理由で、本当は偶然手に入れたメモリユニットを取り戻したいってことのようだ。これは推測だけどな」
「なるほどな。それでやっと分かったぜ。それで俺の助けを求めに来たってわけだ。なんだよ、水臭えな。そういうことならさっさと言えよ」
今までの半分死んでいたようなヒューゴの目が輝きを取り戻している。
そう。こいつは無類の世話焼きなのだ。
戦場でバディを組んでいる時からそうである。
俺は改造を受けて疑似的に魔法が使えるようになっている兵士で、ヒューゴはただの人間なのに先輩風を吹かせてばかりだった。
まあ、年齢的にもヒューゴの方が年上であり、ベテランではある。
それでも、何かにつけて飯やら何やらを奢ってくれたし、しょっちゅう俺に色んな忠告をしていた。
俺にとってみれば年の離れた兄か父親のようなもんである。
正直鬱陶しいところもあった。
ただ、本当の肉親でないからか、意外と喧嘩にはならなかったように記憶している。
ヒューゴは右手の拳で自分の左手にパンチをした。
「よし。そういうことならさっさと腹ごしらえをして船に行こう」
「おい。気が早すぎるだろ」
「何言ってるんだ。鉄は熱いうちに打てって言うだろ」
「一度家に戻らなくていいのか?」
「取られて困るものなんてねえよ。ほら、急いだ急いだ」
ヒューゴが急に元気になったこと自体は喜ばしい。
あんな生ける屍のような姿を見て放置はできなかった。
ただ、一緒に行くとなるとちょっとだけ不安なことがある。
急いで食事をしているとニュースの内容が変わり、サンターニ星系発の旅客船が宙賊の襲撃にあったと報じた。
統一政府議員夫妻が搭乗かとのテロップが踊っている。
店を出て、ディンギーでミレニアム号に戻った。
船内に入るなり不安は的中する。
俺たちをラムリーを連れたサーシャさんが出迎えてくれた。
サーシャさんを見たヒューゴは床に頭を打ち付けながら口説き始める。
初対面の印象が大事だとか、ほざいていた男のすることがこれかよ。
俺は元相棒を白い目で見降ろした。
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