第35話 ザナドゥ
「アルバトロス号。大気圏侵入を許可する。着陸予想地点の天候は晴れ。ザナドゥにようこそ」
「ありがとう。ザナドゥ管制室。通信を終了する」
メインモニタに表示されている惑星は、フェーブル星系に属し温暖な気候と豊かな水資源で知られている。
そのために世界中とは言わないが、統一政府主星のあるサンクリ3に住む住民のリゾート地として賑わっていた。
そのために通例の命名規則に従わない
俺はサンクリ星系を出る際の亜空間ジャンプの目的地として、このザナドゥを選んでいた。
これには個人的な理由がある。
相棒だったヒューゴがこの星の出身で、今も住んでいるはずなので、それを訪ねるつもりだった。
この逃避行が始まった頃はそんなつもりはなかったが、近くまで来たついでである。
追われている身の上で悠長かもしれないが、ザナドゥはサンクリ星系からウバルリー人の勢力圏への航路の途上にあると言えなくもない。
直接ジャンプできる距離にない以上は、どのみち、どこかの星域には寄る必要があった。
それにこの星なら大丈夫だろうという目算がある。
まず、こういう観光地の常として、出入国のチェックが甘い。
貴重な収入源なので来訪者の煩わしい審査を省く傾向にあった。
一般の旅客船ならステーションで着陸船に乗り換える必要があり、その際に形だけとはいえ入国審査デスクを通らなければならないが、ミレニアム号はそのまま地上に降りることができる。
個人宇宙船の客にはデスクでの入国審査は必要ない。
出発地がサンクリ星系の個人宇宙船ならなおさらだった。
ミレニアム号の船籍データはサンクリ3に登録のある自家用宇宙船アルバトロス号に書き換えられている。
かなりの重罪だが、既に追われる身になっていたので気にしない。
俺にそんな技術はなく実際の書き換えはミリアムが担当した。
その前にちょっとしたボイスドラマを収録している。
「おらっ、俺の言うことを聞かないとこうだぞ」
「く、苦しい。痛いよお」
「分かったから、ラムリーを苛めないで」
「だったら、妹に船籍データの偽造をするように言うんだな」
「ミリアム。お願いだから言うとおりにして」
「この卑怯者め」
まあ、俺がレムリアのマギに何かを強制するというシナリオに無理があるのだが、脚本を書いたのは俺じゃない。
この先、何かあったときにマギたちが責任を問われないようにするための保険だった。
そんなわけで、アルバトロス号になりすました船は無事にザナドゥへの降下を行っている。
事前に管制室から指示を受けた侵入コースで、穏やかな内海に着水した。
燦々と降り注ぐ太陽と青い海、白い砂浜が広がっている。
地元当局の指定する係船浮標にミレニアム号を固定すると、しばらくして迎えのディンギーがやってきた。
ザナドゥでは環境保護を名目に惑星外からの動力のついた自家用の移動手段の持ち込みが禁止されている。
そもそもミレニアム号は船体下部に上陸デッキがあるので、着水すると格納してあるスパイダータンクもEAVも発進ができない。
今回は頼み込んで俺1人で出かけさせてもらうことにした。
ミリアムはメモリユニットの解析という仕事があるので同行できない。
代わりにサーシャさんというわけにもいかなかった。
本人が俺と2人で同行することを遠慮したし、実際問題としても俺の背後をカバーできそうにない。
はっきりしたことは分からなかったが、どうもサーシャさんは何かを壊す魔法はあまり得意とはしていなそうである。
ものを壊すということならラムリーは適任だが、幼い子供を連れたハイティーンというのは変に悪目立ちをしてしまうことが予想できた。
明らかに兄妹という雰囲気でもないので、幼女を誘拐した少年犯罪者と疑われる可能性もある。
それに、俺が会いに行く相手には1人の方がいいという予感がしていた。
ディンギーに乗って賑やかな港に上陸する。
そこはザナドゥでもっとも人気がある町ではなかったが、そこそこの観光客がいた。
俺は客引きをかき分けながら、ポスト・オフィスに向かう。
そこでヒューゴの住所のことを聞いた。
観光客が溢れる中心街から徒歩で30分ほどのところらしい。
礼を言って建物を出ると、屋台でレモネードを買い飲みながら歩く。
だんだんと人通りが少なくなり、通りに面している建物も古く汚れが目立つようになってきた。
海から吹き寄せる風がそこはことない生活臭を吹き飛ばしていく。
風光明媚なだけに逆にうら寂しさが強調されていた。
やはり、5年前までの大戦の影響が色濃く残っているようである。
ザナドゥは戦場からは離れていたが、戦時下は火が消えたように寂しかったに違いない。
復興が進んで多少は客足が戻ってきただろうが、以前に比べればまだまだ少ないのだろう。
ほとんどのものを輸入に頼っているザナドゥはありとあらゆる物価が高かった。
経済的なダメージは深刻だったことが窺える。
ようやく尋ねあてたヒューゴの家は坂道を登った先にあるこじんまりとした家だった。
戦地で見せてもらった写真と似ているような気もするが、周囲の同じような家と際立つ差があるわけではない。
敷地を囲む板塀はところどころヒビが入っていた。
玄関の呼び鈴を押す。
中で音がするのが微かに聞こえた。
電気は通じているということからすると、誰かは住んでいるらしい。
しかし、中から反応は無かった。
俺は胸の内に沸き上がる気持ちを抑えながら、もう一度長めに呼び鈴を鳴らす。
今度は中で人が動く気配がした。
ペンキの禿げた扉が開く。
「うるさいな。何の用だ?」
はだけたシャツの腹の辺りをポリポリと掻きながら陽光に眩しそうに目を細める中年のおっさんが文句を言った。
半ば予想していたことではあるが俺は目の前に見えるものにショックを受ける。
俺の知っているヒューゴからあまりに変わり果てた姿は正視に堪えなかった。
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