第34話 メモリユニット

 俺をおちょくりながらの食事が終わり、色々なものが無秩序に入っている倉庫の点検を始める。

 武器ぐらいは少しは整理しなよというミリアムからの至極ごもっともな意見を頂いたからだった。

 俺1人なら別に今の状態でもどこになにがあるかは把握しているから問題はない。

 他にクルーが居ると面倒だなあ、などと独り言を言いながら作業をする。


 まあ、コクピットで切らしていたG00の箱も見つかったから良しとするか。

 G00は底に吸水性のある高分子ポリマーが入っているし、内側に返しがついていて逆流しにくい構造になっている。

 ただの袋とは安心感が違った。

 それからもう少し倉庫の中をガタガタしてから外に出ると、作業台のところでミリアムがジャンクパーツを広げている。

 この間、チェックしたものを改めて確かめているようだった。


 眼鏡のようにつるを耳にかけて固定した拡大鏡を使って何かを確認している。

「やっぱり変だなあ」

 独り言を漏らしたミリアムは拡大鏡を外した。

「あ、船長。ちょうどいいところに。ちょっと聞いてよ」

「どうした? 何が変なんだ?」

「え? いつから居たの? まさかずっとボクのこと観察してたとか?」

「ちょうど、さっき言ったセリフを呟いたタイミングからだよ」

「そう」

 ミリアムは詰まらなそう顔をする。


「それで?」

「ああ、変というのはね。このユニットなんだけど、かなり古いものなんだよ。このメモリチップの上に書いてあるロゴなんだけどさ随分前に合併してなくなった会社のなんだ」

 ミリアムの指し示す場所は小さくてよく見えない。

 目を細めているとミリアムが拡大鏡を差し出し、俺はそれを受け取った。

「いいのか?」

「無いと見えないでしょ?」


 あくまで実務的に勧めてくる。

 いや、ほら、こういう直接身につけるものの貸し借りって、ちょっとばかりはドキドキするもんじゃないの?

 受け取ると、レンズを支えるフレームの幅がやや狭い。

 耳にかけるつるの部分は多少は弾力性のある素材だったので、ものは試しと装着する。

 ミリアムの指示に従って倍率を調整すると蝶を意匠化したものが見えた。

「ああ、見えた」

「その蝶のロゴのチップはボクの知る限り、もう100年前が最後の出荷だったはずなんだよ」


 俺は拡大鏡の倍率を元に戻して外す。

 さり気なく鼻当てを指で撫でて脂がついていないか確認した。

 拡大鏡をミリアムに返却する。

「ありがとう。確かにそのロゴは見えた。だが、物持ちがいいというだけじゃないのか?」

「そうかもね。でも、このチップはまだ生きてる。しかも、かなり状態がいい。まるで新品のようにね」


「なるほど。相対性理論か?」

「そうかもしれないし、そうじゃないかも。原因は分からないけど、何かがあったんだと思う。中身を見たらもっと分かると思うんだけどな」

「ひょっとすると、軍が探しているのってこのメモリユニットなのか?」

「その可能性はかなり高いと思う」

「凄いな。ミリアム」


 少しだけではあるが誇らしげな顔をするが、すぐに表情を引き締めた。

「たまたまだよ。珍しい型だから気になって調べただけで。見る人が見ればすぐ分かったんじゃないかな」

「俺じゃ絶対に見逃しちゃうね。自慢することじゃないが。それはともかく、どうやったらデータを覗ける?」

「時間をかけないとはっきりしたことは言えないけど、いくつか足りないものがあるんじゃないかな。それをどこかで購入しないとなんとも言えない。コネクタの形状も変わっているし、データのフォーマットも今とは違うと思う」


「そうか……」

「どうしたの?」

「ミリアムたちのことを考えると、中身のことを知らない方がいいのかもなって。もし、仮に今後軍に捕まったとしたときに、知らなければ釈放されると思うんだ。でも、知っていたら拘束されるんじゃないかってね」

 ミリアムは腰に手を当て怒り出す。

「あのさ。ボクがメカニックを引き受けた時点で、リックは既に追われる立場だったんだよ。そこまでボクが考えてなかったとでも思っているの?」


「そうだけどさ。禁制品の所持は既に起きていたことだ。後から事情を知らずに乗ってきたミリアムたちを罪に問うことはできない。でも、コイツは軍が噛んでいる。強引なこともするかもしれない」

「そんなの関係ないよ」

「その決意は凄いと思うよ。だけどさ」

「ボクじゃ役に立たないって?」


 見たものを凍りつかせかねない鋭い視線で睨みつけてきた。

 ただ、その声は怒気をはらむというよりは悲鳴に近い。

「ミリアムのことを役立たずなんて言うわけがないだろ。俺は君のことが心配なだけだ」

「だから、その覚悟はできているって言っているだろ」

「サーシャさんやラムリーを巻き込むことになってもか?」

 ミリアムははっと息を飲んだ。


 そのタイミングで何か小さいものが俺の胸に突っ込んでくる。

「お姉ちゃんとケンカしてる。いーけないんだ」

 抱き止めたラムリーが可愛らしく声を尖らせた。

「わあっ」

 広がるスカートを押さえながらサーシャさんが作業台の側に降ってくる。

「な、何をやってるんだ?」

「向こうで遊んでいたらね、お姉ちゃんたちの大きな声がするからやってきたの」

「私はそのつきそいね」


 急いで追いかけてきたせいか、サーシャさんは息を弾ませていた。

 深呼吸すると柔らかな笑みを浮かべる。

「私たちのことなら心配しないで。可愛い妹の大切な船長さんのお仕事ですもの。全力で応援するわ」

「お姉ちゃん、ガンバレ~」

 ミリアムの方を振り返ったラムリーは声援を送る。


「それに私も何のデータが入っているか知りたくてウズウズしちゃう」

「私もウズウズ~」

 ラムリーは体をクネクネさせて笑った。

「お姉ちゃん、ラムリー……、危険な目に遭うかもしれないんだよ」

 ミリアムは呆れた声を出す。

「それはミリアムも一緒でしょ。私は平気よ」

「うん、平気~」


 ラムリーは鼻息も荒く胸を張った。

 サーシャさんは艶めかしい笑みを浮かべる。

「……を邪魔する人には、思いっきり教えてあげるわ、レムニアのマギと事を構えるってことがどういうことなのかを。だから、あなた達はケンカをしないで。ね?」

 そんな微笑みを向けられれば俺は頷くしかなかった。

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