第33話 女3人

 差し出されたミリアムの手を握る。

 ああ、くそ。

 同年代の女の子の前でみっともない姿を見せちまった。

 ちょっとばかり体を改造されて俺は魔法、正確にはその模倣品を使えるようになっている。

 大戦後は化け物を見るような目をされるので、なるべく人前でその力を知られないようにしていた。

 あれだけ犠牲を払ったのに、俺を忌避するのかという恨みは心の根っこにある。


 しかし、それを言ったらミリアムはずっと偏見に晒されてきたはずだった。

 まあ、俺も子供の頃は色々と恐ろしげなマギの話を聞かされたものである。

 ミリアムだってマギと知られれば忌避されるし、分からなければ下心だらけの男が群がることが想像できた。

 きっと俺以上に嫌な思いをしてきただろう。

 それでも、そんなことはおくびにも出さない。


「ええと、もう手を離してもいいかな?」

 気がつくとミリアムが困惑した顔をしていた。

 つい長い間手を握りっぱなしだったようだ。

 慌てて手を離す。

「船長。そんなに長くボクに触れていたかった? 女の子の手を握ったことぐらいあるでしょ?」

「フリートレーダーなんかやっていると、そんな機会はないよ」

「その割にはグリュースファルやカンクン1で女の人に声をかけるの手慣れていた気がするけど」

「そうか?」


 その辺りは悪いことを教えた元相棒のヒューゴが全部いけないんだ。

 しかし、余計なことを言うと藪蛇になりそうなので口を噤む。

「ふーん、ま、いいや。それじゃ、お姉ちゃんとラムリーのところに行こうか」

 ミリアムの後について居住エリアに行った。

 カンクン1で入手した携行食キットを取り出す。

 サーシャさんが両手をかざして何かを呟いた。


「麻薬や致死量の毒は入ってないわ」

「ということは微量は含まれているってことですか?」

 パッケージから手を離して聞く。

「そりゃなんだって取り過ぎたら毒ですもの。ナトリウムは生きていくのに必要だけど取り過ぎは良くないでしょう?」

「驚かせないでください。それじゃ食べて大丈夫なんですね?」

 微笑むのでパッケージを加熱した。


 温まった料理を食べながら、カンクン1でのことを振り返る。

「そういえば湖畔でアブナイお菓子を食べるのを止めてもらいましたね。ありがとうございました」

「リックさんが変にポジティブになっても私も困りますから」

「あの土地買うために船を手放したら大変ということですか?」

「それは全力で止めますけど、自信満々で女性を口説き始めたらね。それはちょっと困るかしら」


 なるほど。全能感がそっちに出ちゃうことを心配していたのか。

 サーシャは嬉しそうに手を打ち合わせた。

「でも、船長さんがミリアムを口説くところは見てみたかったわね」

「お姉ちゃん、何言ってるの?」

「だって、グリュースファルのときも2人で出かけたし、カンクンシティの宙港でも息がぴったりだったじゃない? 理性……じゃなくて遠慮をなくした船長さんがどんな愛の言葉をささやくのか、興味あるわ」


 少しゆるふわしているだけの女性かと思っていたけれど、実は結構とんでもない人なのではあるまいか。

 そんなことを考えているとミリアムが抗議する。

「お姉ちゃんがターゲットになることもあるんだからね。というか絶対そうだよ。ボクなんか眼中にないさ。そりゃ、相棒としては信頼されているかもだけど」

「そうかしら」

 うふふふとサーシャさんはチェシャ猫のように笑った。

 これは話題を変えた方がいい。


「そ、そうえいばサーシャさんの遮蔽魔法、見事でしたね。あれが無かったら脱出は大変だったでしょう」

「そんなことはないわ。私は人の目で見えなくすることが出来るだけだし。レーダーでしたっけ? 機械は誤魔化せないわ」

「私ということは、レーダーなどの観測機器も欺く方法があるんですか?」

「お姉ちゃん、ダメよ」

 口を開こうとするサーシャさんをミリアムが鋭く制した。


「あら、船長さんにならもう話してもいいんじゃない?」

「ダメ、ダメ。それについてはボクたちに判断する権限がないよ。後で知りすぎたからって船長の脳みそぐちゃぐちゃにかき混ぜることになったら気の毒じゃない?」

「おい、ジョークだよな?」

「結構、私たちの秘密知られちゃったものね。私は3つ、ミリアムは1つ、ラムリーは1つかしら? あら、私が1番多く披露しちゃってるわね」

「ラムリーよりも脇が甘いってどうなの、お姉ちゃん?」


 比較対象とされたラムリーはさっさとご飯を食べ終わって、お気に入りのクマちゃんの頭をもにゅもにゅとしている。

「知りすぎたクマちゃんはこうだ~。全部忘れろ~」

 何それ、コワイ。

 サーシャさんはため息をついた。

「船長さんにはとてもお世話になっているのですもの、少しぐらいは恩返しをしないとね。もし、船長さんが廃人になってもちゃんとお世話はしましょうね、ミリアム」


 ミリアムは俺の顔をチラと見る。

「ねえ、船長。食事のキットに何か酸っぱいものでも入っていた? そんな顔をしているよ」

 それからクスクスと笑い出した。

「やだなあ、ボクたちがそんな薄情者だと思ってるなんて。レムニアのマギだって礼儀ぐらいは知っているから。ねえ、船倉のもの使って今のうちから船長の車椅子作っておこうか?」


「俺のことを揶揄っているな。この、お騒がせなマギたちめ」

「ボクたちのことをあれこれ勝手に面白おかしく尾ひれをつけた話を信じて不安がっているからさ。傷ついちゃうなあ」

 俺は指を突きつける。

「あれだけ脅しておいて、どう考えても今のは俺悪くないだろ?」

 ミリアムは左右を見た。

 サーシャさんが小首を傾げ、ラムリーがクマの片腕を下向きにする。

「多数決で悪いのは船長に決まりました」

 ミリアムが胸を反らして嬉しそうに宣言した。

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