第32話 重要事項

 俺は緊急脱出用のカプセルが統一政府の主星であるサンクリ3のステーションに向かっていくのを見送る。

 ミレニアム号の進路が変わって主星から遠ざかる方向に加速を始めた。

 その途端にカプセルから緊急遭難信号が全方位に向けて放たれる。

「メイデイ、メイデイ。こちらはカーゴシップ・ミレニアム」

 続いて船体識別番号が告げられた。

「カプセルにはカンクン1から拉致された者が搭乗しています。宇宙軍の保護を求めます」


 数多くの宇宙船が飛び交うメインストリートなので、カプセルを拾い上げようとする民間船に不自由はしない。

 それに4つの要塞に駐留している軍の艦艇が緊急出動してくるだろう。

 なにしろ、今やミレニアム号は最新鋭の高速戦艦が出動するほどの重要案件だった。


 レムニア・ドライブの後、カンクン1のウェイトレスに聞き取りをしたら、統一政府の連邦警察か宇宙軍に麻薬栽培の証拠の品を持って駆け込むことを希望する。

 その麻薬はハイになって万能感を伴った躁状態にするヤバいブツだった。

 万能感はあっても実際に能力が向上するわけじゃない。

 投機に全財産を投げ出したり、できもしないことを請け負ったり、際どい運転をして事故を起こしたりとやらかしの例には事欠かなかった。


 カンクン1で麻薬栽培が始まったのは、土地転がしを容易にするためか、麻薬を配達する従順な足を確保するためか、どちらが先だったのはもう分からない。

 表向きは不動産会社の看板を掲げたシンジケートが入り込んでカンクンを支配下に置くのに時間はかからなかった。

 従来の住民はシンジケートに従うしかない。

 

 惑星外への超光速通信の基地局を押さえられていて通報もできないし、定期便もやってこないような辺境惑星である。

 自家用の宇宙船を持っている者は早々に抱きこまれるか排除されていた。

 シンジケートも関係ない住民の反発を招くような真似は慎んでいたので、自分や家族を危険にさらしてまで告発する理由もない。

 唯一の例外が貯金をして華やかな都会へ出る夢を潰された女の子だったというわけである。


 カンクン1からの脱出時には耳を塞ぎ、うずくまっていたので、ウェイトレスの子はレムニアのマギたちの活躍には気づいていなかった。

 そのため、派手に活躍した俺のことを統一政府のエージェントか何かと勘違いして、カンクンシティの窮状を縷々訴える。

 何とかしてやりたいが俺たちも追われる身の上だった。


 ギリギリ協力できることとして、脱出用カプセルに乗って船から降りるということを選んでもらう。

 レムニア・ドライブの行き先として統一政府首府のあるサンクリ星域を選んだミリアムの選択が役に立つ形となった。


 順調に加速を続けたミレニアム号は必要な速度を得たので、ハイパージャンプエンジンを作動させる。

 亜空間に入ったことを確認すると俺はシートで伸びをした。

「ふう。これで一安心だ。いつ、軍の艦艇が殺到してくるかと冷や冷やしたよ。人類の軍事力の中心地のサンクリ星域だからなあ」


 火器管制席からふわりと浮き上がったミリアムが背もたれを掴んで向きを変える。

「軍に追われているのにサンクリ星域に行くなんて誰も思わないからいいんじゃないか」

「そうはいってもな。覚悟が決まりすぎだよ」

「木を隠すには森の中さ。あれだけ宇宙船が飛び交っていれば寄港でもしない限りはいちいち気にしてられないって。それに麻薬の件を持ち込むにしても首府の方が安全でしょ?」


「まあ、さすがにカンクンに近い星域の軍組織までシンジケートの手は伸びてないと思うけどな。それほど大きな組織じゃないし。どのみち、あの高速戦艦はカンクン1に降下しただろう。あれだけ派手にやらかした後だ。シンジケートの連中もびっくりして震えているだろう」

「ちゃんと麻薬を見つけるかな?」


「たぶん大丈夫じゃないかな。俺がなぜカンクン1にわざわざ降りたのか分からない以上は徹底的に調べるはずだ。真面目な軍人さんというのはそういうものだからね。そうこうするうちにウェイトレスの訴えが取り上げられるだろう。あの麻薬のことは統一政府も頭を悩ませていたから、俺の件と同じぐらいには真剣に取り組むと思う」

「そっか」

 ミリアムは少しためらうそぶりをした。


「ちょっと立ち入ったことを聞いてもいいかな?」

「ああ。あれだろ。フィッシャー中将は誰かってことだろ?」

「船長のお父さんか何か? 結構偉いんだね」

「なんだ。気になるのか? ミリアムには関係ないと思うけど」

「あのね。詮索するつもりはないんだ。ただ、船長には散々お世話になってるでしょ。そのせいで迷惑をかけたら申し訳ないかなって」


「そこはお互い様だろ。ミリアムたちと会わなければ、俺はグリュースファル周辺宙域でとっくに捕まっていただろう。今頃はうんざりするような尋問を受けているか、クソ兄に散々こき下ろされていただろうな。フィッシャー中将ってのは俺の兄だ。俺は母の姓を名乗ってるから分かりにくいけど。30代で中将だぜ、凄いだろ。典型的な賢兄愚弟ってやつさ」

 俺は自分の感情を制御できず吐き捨てる。


 ミリアムは俺の言葉を噛みしめるように俯いた。

 感情をほとばしらせたことを恥じていると、美しい顔を俺に向かってニコリとさせる。

 トンと背もたれを押すと俺の方へと漂ってきた。

 パイロットシートに脚を引っかけて止まる。

「ボクはフィッシャー中将のことは知らないから分からない。でも、ボクたちが乗り込んだ船が船長のもので良かったと思ってるよ。と、いうことで、これからも1つまあ、よろしく」

 ミリアムはおもむろに右手を差し出した。


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