第30話 脱出
「そんな顔すんなよ。別に俺はシンジケートの一味ってわけじゃない」
「じゃあ、どうして麻薬のことを?」
「そりゃ、不動産会社の熱心な営業マンが麻薬入りのピーチパイを御馳走しようとしてきたからね。まあ、遠慮しておいたけど。おっと、道路封鎖だ」
かなり前方の町の出入口を赤と青の警告灯をつけた車両が塞いでいた。
まだ、けたたましいサイレンは鳴らしていない。
「やっぱり、あれか。麻薬製造は町ぐるみというか星ぐるみでやっている感じ?」
「そうよ。警察も奴らの味方」
女は怯えた声で回答し、俺は会話を打ち切ってマーキーに命ずる。
「飛行モードだ。フルパワーで上昇して建物を越えろ。警察車両を迂回するんだ」
4基のプロペラが高速で回転を始めて、EAVは騒音をまき散らしながらふわりと宙に浮いた。
なんとか3階建ての建物を飛び越えて町の外に出る。
あまり高層建築物がない町で良かった。
そろそろEAVも新調した方がいいかもしれないな。
ホッとしたところで、煌々と輝くサーチライトを投げかけながら数機のEAVがこちらに進路を取るのが見えた。
「マーキー。すぐエンジンを切って地上に降ろせ!」
揚力を失ったEAVはどしんと地上に落ちる。
俺たちは文字通り座席の上で飛び跳ねた。
その衝撃でラムリーが目を覚ます。
「うーん。どうしたの?」
眠そうに眼を擦っていたラムリーは赤毛の女がいることに気が付いた。
「あれ? 美味しいお店のお姉さん? こんばんは」
こんなときでも挨拶を欠かさないラムリーはいい子だなあ。
「……こんばんは」
赤毛の女も応じて場違いに和やかな雰囲気が醸し出されている上空に音もなく数機のEAVがやってくる。
サーチライトの光の矢があちこちに向けられた。
イオンクラフトから発生する風が激しく俺たちに吹きつけられる。
「マーキー。地上走行だ。あまり速度は出すなよ」
EAVはのろのろと動き始めた。
風が吹きつける範囲から逃れるとさらに速度を落とすように命じる。
「舗装道路に戻るまではこのまま低速を維持しろ」
赤毛の女が俺に対して切羽詰まった声を上げた。
「こんなにノロノロと地上を走っていたら捕まっちゃうわ。なんであのまま飛ばないで空から降りたのよ?」
「向こうの方が最新式だぜ。こっちは旧型だから飛んでいてもすぐ追いつかれちまう。それに上空だとレーダーに引っかかるからな。地上にいる限りはあいつらには見えない」
女は胡散臭いものを見るような顔になる。
「どういうこと?」
「俺が声をかけたときを覚えてるだろ。あのときも突然俺が現れたように見えたはずだ。このEAVは今は外からは見えないようになっている。ただ、レーダー波は誤魔化せないんでね。レーダーが効かない地上をちんたら走っているわけさ。スピードを出さないのは土ぼこりをあげないためだよ。EAVは見えなくても何もないところに土ぼこりが上がってたら変だと思うかもしれないからな。まあ、あいつらが埃を巻きあげまくっているけど」
「これだけの大きさのものを見えなくなるような装置があるなんて聞いたことがないんだけど」
「まあ、世の中は広いから」
サーシャの魔法だというわけにはいかないので適当なことを言った。
気を逸らそうと、ガローユ不動産とシェリア開発、それに警察のEAVがでたらめに飛び回っているのを指さす。
「ほらな。あいつらは俺たちを見失っている。今、EAVの中ではどこへ消えたと阿鼻叫喚になっているだろう。しかし、どうするかな。今は混乱しているからいいが、船を押さえようとされるとちょっと面倒だな」
俺が心配したことを察知したわけでもないだろうが、飛び回っているEAVのうちの2機がミレニアム号に向かって飛んでいく。
俺はため息をついて情報端末を取り出した。
「ミレ。全方位にシールドを展開。離陸準備だ」
「偽装バルーンの解除は?」
「許可する」
弾けるようにして偽装が吹き飛び、夜目にも眩しくシールドがミレニアム号を飾りたてる。
まとわりついたEAVの窓からレーザー銃が放たれるが宇宙船のシールド相手だと水鉄砲を撃っているのと変わらない。
地上から少し太い光が発射される。
人間相手には脅威となる歩兵用のレーザーキャノンもミレニアム号のシールドには無力だった。
それでも、万が一狙いが逸れたのがこちらに飛んでくると危ないな。
今や舗装道路を走る俺たちのEAVは全速力を出して走行している。
あと1分ほどでミレニアム号に到着するから射程内に入ったら排除するか。
ショルダーホルスターからレーザーガンを引き抜いた。
まてよ。余計なことをすると折角の遮蔽が露見するか。
ただ俺の魔法の出力だとレーザーキャノン本体を燃やすのは厳しい。
そこにメインコンピュータからの警告が入る。
「船長。戦闘機の発進を確認。機影からするとコリントⅢです。到着まで200秒」
くそっ。
大気圏内で戦闘機とやりあうのは分が悪いな。
ミレニアム号のビーム砲の火力は十分だが、戦闘機動を取る戦闘機を打ち落とすには向いていない。
とくに離陸時に張り付かれると一方的に撃たれて苦労するだろう。
コリントⅢは最新鋭機ではないが、シールドでカバーしていないミレニアム号の船殻を破壊できるだけの武装はある。
戦闘機も脅威だがまずは手近なレーザーキャノンか。
「ラムリー!」
まずは地上の安全を確保しようとしたところで、ミリアムがレーザーキャノンを指さすとラムリーがほっぺを膨らませる。
ぷっと何かを吐き出すように息を吐いた。
レーザーキャノンが真っ二つに折れて地面に落ちる。
今はそれどころじゃないが、船倉のコンテナを破壊した犯人が判明した。
よし。あとは戦闘機をなんとかすればいい。
しかし、今の魔法も戦闘機には当たらないだろう。
どうする?
ちょうどEAVがミレニアム号に接近して減速し停車した。
EAVが通れるようにシールドの下端を少し上げるように指示を出そうとする。
そのとき、ミリアムが俺に呼びかけながら袖を引いた。
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