第29話 2度目の誘い

 一度、カンクンシティに戻って昼食にする。

 俺たちを脈ありの客と思ったのか一緒に食事をどうかという話も出たがそれは固辞した。

 さすがに土地を買う気もないのに昼飯までご馳走になったら寝覚めが悪い。

 そろそろ断りの文句を考えないとなあ。

 ラムリーがまたマッケンチーズを食べたいと言ったので、昨日と同じダイナーに入った。


 今日は休みであることを期待したが昨日の赤毛は元気に働いており、目ざとく俺たちを見つけるとさっと席に案内する。

「また来てくれたんだ。嬉しいわ」

「この子がいたくこの店のマカロニ・アンド・チーズを気に入ったようでね」

「そうなの。ありがとう」

 ウェイトレスは腰を屈めると目線を合わせてラムリーに礼を言った。


 食事を終えて支払いの際にまたウェイトレスはメモを手に忍ばせてくる。

 店を出てから素早く目を通すと、「契約してはダメ」とだけ書いてあった。

 午後ももう1件見学をした後、ホテルまで送ってもらう。

「それでは明日もよろしくお願いします」

 セールスマンは手ごたえを感じているのか笑顔で帰っていった。


 昨夜と同様に仮眠をして赤毛の女に電話をする。

「あれはどういうことだ? 実はガローユ不動産の回し者とかか?」

「違うわよ。いい。よく聞いて。これがラストチャンスよ。どう私と会わない?」

「俺に随分とご執心だな。そんなに俺が気に入ったのか?」

「うん、とても気に入ったの。だから、どう?」

 相変わらず核心には触れないのか。

 単なる遊びの誘いにしてはしつこかった。


 そのとき施錠してあるはずの部屋のドアが開く。

 ショルダーホルスターに手を伸ばそうとしたところで、入って来たのがミリアムだと気が付いた。

 何かの装置を手にしている。

 自作の開錠装置を使ってまでの夜這いってことはないよなあ。

 仮にそうだとしても勝手に部屋に忍び込んでくるのは心臓に悪いからやめてくれ。


「船長。EAVの周りをうろついているのがいる。マーキーが警告を発したら逃げていったけど。それで……誰と話してるの?」

 俺は指を唇に当てながら端末での通話を終わらせた。

「部屋に入ってくるときはノックをするもんだぜ。もし、俺が服を着ないで踊ってたらどうするんだよ」

 ミリアムは俺の発言を完全に無視する。

「それで誰と連絡をしていたの? 昼間のウェイトレス?」


「なんでそう思った?」

「この星で連絡を取りそうなのは彼女だけじゃない。まさか、不動産のセールスマンにこんな時間にコンタクトを取ったりしないでしょ? それに、会計のときに何かリックに渡していたよね」

 目ざとい奴だな。


「それよりもEAVは大丈夫なのか?」

「今のところはね」

「それでも、やっぱり船に戻った方が良さそうだな」

「やっぱりというのは?」

「例のウエイトレスがしつこく俺を外に誘いだそうとしていた。昼間のことと考え合わせると何かある。たぶん、EAVのところをチョロチョロしているのと関係がありそうだ」

「じゃあ、なんですぐに知らせなかったんだよ」

「ちょうどそのときに部屋に侵入してきたのが居たからね。すぐにここを出よう」


 ミリアムとダブルルームへと向かった。

「お姉ちゃん。すぐ部屋を出るよ。やっぱり船に戻るって。ラムリーは私が抱っこする。お姉ちゃんが自由に動けた方がいいと思う」

 サーシャさんは何かを口ずさみ始める。

 ベッドに寝ていたラムリーをミリアムが抱き上げた。

「船長。姉さんから離れないで」


 何か魔法を使っているらしい。

 俺は大人しく歩調を合わせて一緒に部屋を出た。

 廊下を歩きながら情報端末にメッセージを打ち込む。

 今すぐ出ることを伝え、どこで拾えばいいかを尋ねた。

 階段を使って地階まで下りると駐車場に足を踏み入れる。


 自動ドアが開いたことに気が付いて散開していた数人の男たちがこちらを見た。

 しかし、俺たちの方を見てもなぜか怪訝そうな顔をしているだけである。

 静かに素早くEAVに近づいた。

 ドアを開けて俺たちはそっと乗り込む。

 全員が座るか座らないかというのと同時にそっとEAVは走りだした。

 地上走行する分には単なる電気自動車なので音はしない。


「車がないぞ!」

「いつの間に?」

 真面目なビジネスマン然とした男たちの叫び声を後にして斜路を上ってEAVは地上へと出る。

 俺はミリアムに尋ねた。

「これは光学的に遮蔽して見えなくしているのか?」

「そうよ。お姉ちゃんが得意としてるの。今はEAVとそれに乗っている人を対象にしてる」


 俺は前に向き直るとボンネットの真ん中の専用席に鎮座しているマーキーに命じる。

「昼飯を食べたダイナーに寄ってくれ」

「船長?」

「ウエイトレスをそこで拾うことになってるんだ」

 ミリアムは何も言わなかった。


 俺の端末に着いたとの連絡が入る。

 車道の際に居るようにとのメッセージを返した。

 反対車線の道路際に大きなバッグを持った赤毛の女が立っているのが見える。

 Uターンをして女の前に車を付けた。

 止まると同時にミリアムは部屋に置いてきたスーツケースを取り寄せて後部座席の後ろの隙間に突っ込む。

 俺はドアを開けて車を降りた。

「よう。待たせたな」

「ど、どこから現れたの?」


「立ち話もなんだ。乗れよ」

 片手で女の手を掴み、反対の手であたりをつけて探るとEAVのドアに触れる。

 その前の席のドアを開けると女を押し込んだ。

 俺もその後ろの席に乗り込む。

「ど、どういうこと? いきなり車が……」

 赤毛の女は狼狽していた。


「マーキー。船に向かってくれ」

 車が走り出すと女に問いかける。

「それで、随分と回りくどい真似をしたが、どうしてそんなにこっそり宇宙船に乗りたがったんだ? あれか、あの不動産屋が大掛かりにやっている麻薬密造を統一政府にタレコミたいってところかな?」

「え?」

 振り返って俺を見る女の顔には恐怖が張り付いていた。

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