第28話 見学

 携帯端末が振動している。

 アラームを止めて思いきり伸びをした。

 やっぱりベッドはいいねえ。

 そりゃ、宇宙空間は重力がないからカウチスタイルにしたパイロットシートでも、どこか体の一部分だけが痛くなるということはない。

 ただ、しっかり寝たという充足感がないんだよな。


 洗面台で顔を洗ってしゃっきりとする。

 ベッドサイドに置いてある時計を見ると指定の時間だった。

 1コールで相手とつながる。

「ハーイ」

 こちらはカメラもオンにしていたが、向こうは音声のみだった。

「やあ。あのメッセージはどういうことだ?」

「奥さんは一緒じゃないの? 悪いオニーサンだね」


「こっそり俺にメモを手渡した意図が知りたいだけさ」

「お誘いだと思って期待してるんじゃない?」

「そろそろ本題に入らないなら通話を切るぜ」

「せっかちだなあ。それじゃ本題に入るよ。オニーサンって強い?」

「また曖昧な質問だな」

「大事なことなんだよね。武器は持ってる?」


「話が見えないな。何がいいたい?」

「あのね。これからどこかで会えないかな。ホテルを車で出て、途中で私を拾ってよ。それから……そうだ、オニーサンの船が見てみたいな」

「なるほど。やっぱり、そういうお誘いってことか」

「それでどう? この話に乗る?」

「これだけの情報でOKすると思うか? のこのこ出かけたら怖い男に囲まれるってことかもしれないぜ」


「うーん。そうだよね。ほら、私の人となりに賭けてみるってのは?」

「それなら先に俺を信用してもうちょっと具体的な話をしてみるってのもありだぞ。このままじゃ話は平行線だな。先に話を持ち掛けてきたお前さんが少し譲歩すべきなんじゃないか」

「絶対私の話に乗った方がいいと思うけど。悪い話じゃないから」


「そりゃ、私の話には裏に悪い企みがあります、なんて言う奴はいないだろ」

「私が美人局をするつもりなんじゃないかって心配なら会う場所はオニーサンの指定する場所でいいから」

「こんな時間に抜け出して? 一般的に家庭生活が破綻するには十分だな。悪いが話には乗れない。悪く思わないでくれよ」

「待って……」

 通話終了ボタンを押す。


 実際の関係ではサーシャさんは妻ではない。

 ただ、俺の演じる役割からすると、可愛い子どもと美人の妻を連れた独立系トレーダーの行動として、よその若い女との浮気に身をやつすというのは相応しくなかった。

 そこから疑念を抱かれる可能性もある。

 ちょっと神経質になり過ぎか。

 まあ、触らぬ神にたたりなしって言うしな。

 俺はもう1度ベッドにもぐりこんだ。


 翌日ホテルで朝食を済ませロビーに行くとスーツ姿の男女が待ち構えている。

 朝からご苦労なこった。

「それじゃ、行きましょう」

 シェリア開発のロゴのついた中型車は街外れの駐機場に向かう。

 そこで、電気で浮遊するイオンクラフト搭載のEAVに乗り換えた。

 プロペラを使ったEAVに比べてとても静かである。


「本日はカンクンシティを中心にして3か所ほどの候補地をお見せする予定です」

 EAVは高度100メートルほどを飛行した。

 1か所目は美しい湖に面した土地でこの湖自体が敷地に含まれている。

 まだ上物は建っていなので自由に場所を選定して好きなものを建築することができた。

 上空から鹿のような生物が生息しているのも見える。


「湖で取れるマスも美味ですし、あの鹿も食用できます。敷地内に桃とペカンの樹木林もあって食べ放題。千人が豊かに暮らせるほどに実りが多いところですよ」

 昨年取れた桃を加工して作ったパイを勧められた。

「一族郎党集めてもそんなにはいないな」

「もちろん、余ったものはカンクンシティの加工工場に送って収益をあげることもできます」

 確かになかなかに魅力的な土地であるが、当然お値段は2万クレジットとかなり高い。

 

 湖畔を散歩するとさっと心地よい風が吹いてくる。

「とても素敵なところね。故郷を思い出すわ」

 サーシャさんが目を細めた。

 望郷の念を強くしちゃったかな。

「そうだね。確かに似ている」

 ミリアムも穏やかな顔で風を浴びていた。

「お魚さんがいっぱいいるね」

 ラムリーが水際で入っていきたそうな顔をしている。


「いかがでしょう? これだけの土地は本星でもここぐらいしか残ってないです。お買い得ですよ」

 こういう土地で悠々自適というのもありかもしれないな、などという妄想をする。

 ただ、全く現実的ではなかった。

 ミレニアム号を売り払えば捻出できない額ではない。

 しかし、それでは生活が立ちゆかなくなるだろう。

 それにこれだけの土地持ちで自家用の宇宙船を持っていないというのはチグハグすぎる。


 もう十分だと次の場所に移動した。

 2か所目は最初の場所ほど風光明媚ではないが敷地だけはやたらと広い。

 築浅の上物も残っていて、すぐにでも生活を始められるというのが売りである。

 灌漑済みの農地もついてくるが正直、個人が家族だけでやっていくには逆に広すぎる気がした。

 それを指摘するとセールスマンは待ってましたとばかりにすらすらと答える。

「もちろん、農地は分割しての販売も可能です。最初は広すぎると思っても、事業が軌道に乗るともっと広ければと思うかもしれません。それから買い増しされるというのは堅実ですね」

 

「話がずれるが、この2つの土地はいずれもカンクンシティからはそこそこ距離があるよな。学校に通うのはどうなっている?」

「当然、忙しい親御様が送り迎えをするのは負担ですから、学校が送迎機を運航しています。ご案内に使っている機体よりもうちょっと大型のEAVですね。もちろん無料です」

 セールスマンはご安心くださいというように笑みを浮かべた。

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