第27話 遅めのランチ
「ふう。なんだかちょっと疲れちゃいましたね」
サーシャさんが弱々しい笑みを浮かべる。
まあ、あれだけの物件のホログラムと写真を見ると疲れるよな。
土地のロケーション、面積、カンクンシティからの距離、そして金額と条件がありすぎた。
さらに上物の建築モデルまで組み合わせると何が何だか分からなくなる。
ニコニコとしながら、こちらが1つ言うとすぐに反応をして提案してくる営業マンには感心した。
ラムリーがお腹空いたという機会をとらえて一旦不動産屋を出てカジュアルダイナーで食事をすることにする。
EAVは不動産屋の駐車場に駐めたままなので人質に取られているようなものだった。
「私は楽しかった~」
屋内のプレイパークとは思えないほど充実した遊具にラムリーも大満足である。
俺も建物の5階からクネクネと滑り降りてくるチューブ状の滑り台にはちょっと惹かれた。
商談の場に張りつけだった俺らをよそにラムリーの面倒をみていたミリアムもチラリと歯を見せていたからきっと楽しいに違いない。
「あの滑り台楽しかったかい?」
リックも一緒にやる?
そんなセリフを期待して言ってみる。
「うん。楽しかったあ」
幼児に空気を読んでもらうのは難しかったようだ。
その一方でミリアムには俺の意図はバッチリ伝わったようで忍び笑いをしている。
俺がビールを頼んだときは難色を示されたが端末上の身分証明書を示すと引き下がった。
俺の顔写真の横には特例成人の文字が輝いている。
最初に飲み物、次いで料理が運ばれてきた。
湯気をあげるフライドエッグの横で厚切りのベーコンがバチバチと音を弾けさせる。
山盛りのフレンチフライも金色に輝いていた。
別のボウルに入っているグリーンサラダの野菜はフレッシュそのものである。
そしてメインのTボーンステーキがジュウジュウと音をたて、肉の焼けるいい匂いを振りまいていた。
ラムリーのマカロニ・アンド・チーズ、ミリアムのハンバーガー、サーシャのパンケーキも運ばれてくる。
早速頂くことにした。
うめえ。
やっぱり普段とは全然違うわ。
ちゃんとカトラリーを使って食べるということが久しぶりだし、他人の作ったものは美味い。
いつもはマイクロウェーブオーブンで温めて食うだけだもんな。
それに1人じゃないのがいい。
美人と食う飯はどうかって?
それは美味いに決まってる。
ビールが進んでしまってジョッキをお替わりした。
新たなジョッキを運んできた赤毛のウエイトレスがニコリとする。
「どう? 楽しんでる?」
「ああ、料理もビールも最高だ」
「それは良かった。この町は初めてだよね」
「ああ」
「なんもない退屈な町でしょ?」
「そんなことはない。少なくともこのダイナーがある」
ウエイトレスはハハハと笑った。
「オニーサン、口が上手いね。それ聞いたらオーナーが喜ぶよ」
おーい、と厨房から声がかかった。
「そんなに気に入ったんならチップよろしくね~」
去っていくウエイトレスから視線を戻し、ふと気付く。
ミリアムが俺のことを睨んでいた。
ここは弁解しておかないとな。
「ほら、ミリアムが修理してくれたお陰でマーキーが使えるようになったからさ。運転任せられるし、ちょっとぐらい飲んでもいいだろ?」
「まあ、いいけど。酔っ払って勢いで契約しちゃっても知らないからね」
「そのときはミリアムが止めてくれ」
マカロニ・アンド・チーズを平らげたラムリーがプリンを食べたいと言いだした。
先ほどのウエイトレスを呼び止め、プリンを頼み、ついでにミリアムとサーシャの飲み物のリフィルをお願いする。
「宿に泊まるならどこがお勧め? 住んでいる町のホテルには泊まらないから分からないかな?」
赤毛の娘は声を潜めて教えてくれた。
「従業員から聞いた話だよ」
ウインクをして去っていく。
「さてと、今日はもうチェックインして休むってことでどうだ?」
サーシャは同意し、ラムリーは眠そうにしていた。
「あのセールスマンはどこか見学に連れていきたそうだったけど。かわせる?」
「そのために飲んだのさ。酔っ払ったから今日はもう無理ってね。明日1日ぐらいは話を合わせるためにつき合わざるを得ないだろう。明後日に出立すれば、追っ手より先に出られるんじゃないかな」
「そう。じゃあ、それでいいわ」
手を挙げて赤毛の娘を呼ぶ。
「それじゃ会計を」
ウエイトレスは自分の端末を取り出すと、開いたモニターを俺に示した。
「これ、チップは割合を選べばいいの?」
0から5刻みで20までの数字のボタンが並んでいる。
期待の目に苦笑しながら20の数字を押し、サービス料金が加算された金額を支払った。
「ありがとう。もし、良かったらまた来てね」
そう言いながら情報端末をかざしていた俺の手に触れる。
店を出てシェリア開発までの短い距離を歩き、出迎えたセールスマンに今日はもう話を聞ける状態じゃないと言ってEAVを回収した。
ウエイトレスに聞いたホテルに投宿する。
エクストラベッドを入れたダブルルームとシングルルームを借りた。
ポーターがダブルルームにスーツケースを置くとチップを払う。
どこにでもあるような非個性的な部屋だが清掃が行き届いていた。
建物や設備も古びてはいない。
しばらくするとチャイムが鳴った。
部屋に入って来たミリアムからルームカードを受け取ると俺はシングルルームへと向かう。
残念ながら人妻と一晩同じ部屋で過ごすという経験はさせてもらえない。
俺は開錠して部屋に入るとソファに倒れ込む。
ポケットから情報端末と共にウエイトレスからこっそりと手渡された紙切れを取り出した。
そこにはメッセージアプリのIDと時間が書いてある。
その時間に連絡してこいということなのだろう。
さて、何の用事なのだろうか?
まあ、美人局かなにかだろうな。
たっぷりと昼飯を食べたので、ミリアムたちと夕食は無しにしようということになっている。
俺はとりあえずメモのことは脇に置いて、久々のベッドで仮眠を取ることにした。
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