第26話 客引き

「はあ、それでどんな目的での滞在で?」

 カンクン1の宙港の係員は気だるそうに質問してくる。

 宙港とは名ばかりのだだっ広い整地の端に立っているこぢんまりとした平屋の建物の中だった。

 殺風景な事務所には机が1つとおじさんの係員が1人いるだけである。

 壁には『カンクン1への定期便の維持を』という色あせたポスターが張ってあった。

「食料とエンジュリウムの購入もしたいと考えているが、住処も探していてね。良さそうな星だから寄ってみたんだ」

「はあ、お1人ですか?」


 そのタイミングで扉を開けてサーシャさんが入ってくる。

「ねえ、ダーリン、まだ時間がかかりそう?」

 係員の顎が落ちそうになった。

「あ、あの人は?」

 俺は振り返って手を挙げる。

「ハニー、もうちょっと待ってくれ」

 サーシャの後ろからミリアムとラムリーも顔を見せた。

「まだ~?」


 係員は態度を変える。

「ああ、ご家族連れですか。えーと、カンクンシティの市街地までは離れてますが、移動手段はありますかな?」

「ああ、おんぼろだが電気航空車EAVがある」

「そうですか。物件を探しているなら、ガローユ不動産を訪ねるといいですよ。ここで聞いたと言ってください」

「そいつはどうも。係留代金のデポジットは?」

「そんなもんはないですよ。首府のメインポートじゃないんだ。よい滞在を」

 おっさんの声に送られて建物を出た。


 3人を促してミレニアム号から降ろしたコンバーチブルのEAVに乗る。

 エンジンをかけると4基の水平プロペラが回転を始めて賑やかな音を立てる。

 地上1メートルほどに浮かんだのでアクセルを踏んで後部の推進用プロペラを作動させた。

 EAVは勢いよく進み始める。


「全然身元確認もされなかったね」

 後部座席でミリアムが声を張り上げた。

「まあな。宙港にわざわざ降りてくるぐらいだから、問題ないって話なんだろ。好きなところに着陸できるんだから。このクラスの星で厳格な入出星管理なんて始めたら立ちゆかないのさ」

「せっかく身分証を偽造したのに」

 振り返るとミリアムは不満そうである。


「いざとなればいつでも出せる安心感があるから、俺も自然に振るまえたんだ。とても役に立ってるさ。それにさすがに宿に泊まるときは必要だろう」

「なら、いいけど」

 ラムリーが耳を押さえながら叫んだ。

「これ、とってもうるさいねー!」

「あんまり使うことがないから、こんなのしか積んでなかったんだ。スパイダータンクだとさすがに物々しいし4人も乗れないからな。でも、速いだろ。ほら、街が見えてきたぞ」

「やったー」

 ラムリーは歓声をあげ、サーシャもにこやかな笑みを浮かべている。


 本当はグリュースファルの時と同様に俺1人か、せいぜいミリアムだけを連れていってさっさと買い物を終わらせるつもりだった。

 しかし、ラムリーが船に飽きてお姉ちゃんだけ狡いと騒ぎ出す。

 結果として、全員で出かけることになった。

 その際に、余計な詮索を呼ばないように作り出した臨時の関係が、家族を装うというものである。

 色々すったもんだがあったが、サーシャが奥さんで、ミリアムがその妹、ラムリーが子供ということになっていた。


 中心街は飛行禁止ということで、街外れの駐機場に停める。

 そこからは4輪で走行した。

 人口がそれほど多いわけではないので、町の規模もたかが知れている。

 場違いなのは、メインストリートの左右にドーンとそびえる広告だった。

 ガローユ不動産とシェリア開発という2社がしのぎを削っている。

 折角ログハウス調でまとめた町の雰囲気が台なしだった。


 とりあえず、グリュースファルでの反省を生かして、真っ先に貿易センターに行く。

 エンジュリウムと日持ちのする加工食品を購入した。

 全部で150クレジットほどになり、携帯端末で支払う。

 通信回線とクレジットが政府とは独立した全宇宙信用協会の管轄で本当に良かった。

 これが統一政府の管理下にあればとっくに口座を凍結されていただろう。

 いずれにせよ、これでアニータの父親から振り込まれた破談の慰謝料はあらかた使い切ったことになる。


 買った品物をEAVに積み込み、さてどうするかということになった。

 そこへ2人の男が寄ってくる。

「今日到着したご一家ですよね」

「住宅をお探しとお見受けしましたが」

 それと同時に通りの反対側から1組の男女がすっ飛んでやってきた。


「住宅をお探しならぜひとも当社へ。湖の見えるベストロケーションから、肥沃な農地が付属する土地まで取り揃えています」

「素敵なご家族がいらっしゃるんですからセキュリティも気になりますよね。それでしたらお任せください」

 営業トークを炸裂させると最初に話しかけてきた2人が心持ち声を大きくする。


「お客様。大きな買い物は信頼と実績のある当市最大手のガローユ不動産にお任せください。何と言っても歴史が違います」

「成約物件数は、他社の3倍です。それだけ信頼頂いているということでして、はい。お疲れでしょうからお飲み物でも召し上がりながらゆっくりと弊社のオフィスでお話をいかがでしょう?」


 男女も負けていない。

「お客様のアンケートでは常に平均で95点以上の得点を頂いております。不動産は長くお使いになられるもの。アフターサービスで痒いところに手が届くと評判なのはシェリア開発です」

「お話頂いている間、お子様に安心して遊んでいただけるブランコや滑り台を備えたキッズスペースも併設しています。お嬢ちゃん、公園で遊ぶのは好き?」


 大人の長広舌をつまらなそうに聞いていたラムリーが遊具のことを聞くと目を輝かせる。

「うん。あのね。私、滑り台も頭から降りれるんだよ」

「あら、凄いわ。お姉さんのところの滑り台で見せて欲しいな」

「私、遊びたい。リック、いいでしょ?」

 ラムリーが俺に宣言した。


 おっと。

 ここはパパと呼んでほしいところだけどな。

 疑念を抱かせないためにも、ここは話に乗った方がいいかもしれない。

「店は遠いのかな?」

「いえ、すぐそこです。そこの青い看板がそうです。駐車場も完備してます。ご案内しますね。ついてきてください」

 シェリア開発の店員はさっとホバーボードに飛び乗るとEAVの先導を始めた。

 

 

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