第25話 認証登録

「オエエ~」

 ワープアウトした途端に火器管制席からえづく声がする。

 慌ててシートベルトを外してミリアムの側へと向かった。

 ミリアムは目尻に涙を浮かべて呟く。

「もう、本当に最悪……」

 その気持ちはよく分かった。


 戻したものが一杯に溜まったG00を受け取る。

「もう1個……」

 その声はまだ気持ち悪そうだったので俺が先ほどまで口に当てていたものを渡した。

 ミリアムが渡したG00をじっと見る。

 それからげっそりした顔をチラリと俺の方に向けた。

 うっときたようで慌てて口をG00で覆う。


 何か言いたそうだったが、気付かないフリをして、たっぷりと中身の入ったものをダストボックスに投棄した。

 ミリアムの顔写真付きで闇市場に流せば買う奴はいるかもしれないな、などとアホなことを考えながら火器管制席に戻る。

 ミリアムの顔色は多少は良くなっていた。

 シートベルトのバックルを片手でいじっていたので、もう片方の手で握っているG00を受け取る。


「無理するな。俺が捨ててくる。うがいをしてきなよ」

「ごめんね。毎回迷惑をかけちゃって」

「今まで経験が無かったことだからキツいだろう。慣れるまでの辛抱さ」

「そうだね。それで、特に用事が無ければこれから壊しちゃったドロイドの修理をしていてもいい?」

「ああ、頼む。マーキーが壊れたまんまというのも不便だからな。船倉に行くなら扉を開閉できるようにクルーの登録をしちまおうか」


「やっぱり1度戻ってくるよ。登録はそのときでいい?」

 ミリアムはシートベルトを外すとそそくさとコクピットを出ていった。

 往復するのは面倒だろうに。

 そう思ったが、とりあえずG00を捨てた。

 すぐに戻ってくるという予想に反したので俺はミレニアム号に偽装を施すことにする。


 電子的な船体登録番号は弄りようが無いが、見た目は比較的容易に変更することができた。

 元の大きさよりも小さくするのは不可能だが船体を膨らませるバルーンが装備されている。

「ミレ。パターン2でいこう」

「それはちょっとみすぼらし過ぎませんか」

 指定した偽装モデルは実際よりも汚れや傷が目立つようなバルーンで構成されていた。


 メインコンピュータも自分が制御している船がしょぼく見えるのは避けたいというのがあるらしい。

 見栄を張りたいということのようだが、それは諦めてもらうことにしよう。

「主要航路を外れた惑星だ。見栄えが良すぎるとあらぬ疑いをかけられる恐れがある。悪いがパターン2の偽装を展開してくれ」

「了解しました。船長」

 俺の目の前にミレニアム号のミニチュアモデルの立体ホログラムが表示され、形がどんどん変化していった。


 まあ、これなら人の目とカメラによる船型判定でミレニアム号だと気がつくのは難しいはずだ。

 出来映えに満足していると、スピーカーからサーシャさんの音声が流れ出す。

「ええと、これでいいのかしら? 船長さん聞こえてる?」

 居住エリアへの通信をオンにした。

「サーシャさん、どうしました?」

「ミリアムがそちらに向かったわ。よろしくお願いしますね。じゃ」


 なんだ?

 わざわざ連絡してきた意図が分からない。

 首を捻って考える。

 こんな形でわざわざ連絡してくるのは初めてだし、すぐに切ったのは連絡してきたのをミリアムに知られたくないということだ。

 とりあえず、居住エリアへの通信回線を閉じる。

 シュッと音がしてコクピットの扉が開いた。


「船長、お待たせ」

「ああ、少しは具合が良くなったか?」

 近づいてくる気配と共に何かフワリといい香りがする。

 シートの背もたれに捕まってくるりと俺の前に回りこんだミリアムの姿が目に入った。


 ん?

 なんか、どこがどう変わったが具体的に指摘はできないが、先ほどとは雰囲気が違う。

 顔色が良くなっただけじゃなくて、髪の毛もきれいにとかされていた。

「身ぎれいにしてきたのか。確かに具合が悪いままで記録が残ると後で気持ちが萎えるもんな」


 化粧は女の武装と言ったのは誰だったか。

 先ほどまでの浮かない様子が消えて、元からのミリアムの良さを引き出している。

 まあ、そもそも素材がいいからなあ。

「よし。それじゃ、記録を取ろうか。メインスクリーンの上にレンズがある。そこを見てくれ」


 左手でシートをつかんで姿勢を保持していたミリアムが指示に従った。

 俺の手元のモニターにその姿が映し出される。

 いつもは元気の良さやくるくると変わる表情に隠れているが、改めてみるとミリアムは類いまれな美少女だった。

 マッチングサイトに登録したら申込みが殺到しそうである。

 思わず、へえと感嘆の声が漏れた。


「ちょっと、何してるんですか? そんなに凝視して」

 画面の中のミリアムが右下に視線を移している。

 首を捻ると正面から目が合った。

「いや、凄い美人さんだなって」

 みるみるうちにミリアムの頬が赤くなる。


「何を馬鹿なこと言っているんですか。本当にもう。これで登録作業は終わりですか?」

「つい口から出ちゃったけど本当のことだし。あとは掌を向けたら終了だよ」

 ピと音がしてモニターに登録完了の文字が出た。

「お疲れさん。これで完了だ。船倉の扉もフリーパスだぜ」

 すぐに向かうのかと思ったらミリアムはちょっと不満げな顔で俺を見下ろす。


「船長の登録データも見せてよ。このままじゃ不公平だし」

 リクエストに応えた。

 俺のは軍務についていたときのものをそのまま使っている。

 食い入るように見ていたミリアムはポツリと言った。

「ほぼ別人じゃん。ブラインドデートでこれやられたら詐欺だね」

 モニターには人生には希望があると信じていた頃の俺が笑みを浮かべているところが映っている。

 俺もミリアムの感想を否定する言葉は持ち合わせていなかった。

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