第24話 辺境惑星カンクン1

 パイロットシートに座り、カンクン星系の情報を手元のスクリーンに表示させる。

 惑星は3つあるが、そのうちの2つはガス惑星なので目的に合わない。

 結局、唯一の有人惑星であるカンクン1しか選択肢がなかった。

「ミレ。進路をカンクン1へ。ジャンプに必要なエンジュリウムがあるかの計算を頼む」

 手元のモニターにカンクン1の詳細情報を表示させる。

 エンジュリウムの購入ができればいいのだが……。


 表示されたのは静止画とテキストだけで、立体ホロなんぞはでてこない。

 画面の文字によれば、人口は約5万人で主要産業は農業という限界惑星である。

 ただ、自給自足が可能であることから、メガロポリスの喧騒に疲れた人間の移住先としてそこそこの人気があるとのことだった。

 カンクン1地方政府が開設したコスモウェブのサイトは風光明媚な惑星でのびのびスローライフの文字が躍っている。

 まあ、人工知能による機械医療が普及しその面での格差は解消されているので、致命的な不便さはないのかもしれない。


 俺のような独立系トレーダーには多数の人間と付き合うのは疲れるというのも多いので、そういう層に人気があるようだ。

 サーシャさんのような素敵なパートナーがいれば、他の人付き合いはほどほどでいいもんな。

 脳裏に夢想が広がる。

 仕事を終えて帰宅すると、家の扉を開けて出迎えてくれる奥さん。

 輝くばかりのその笑顔が……。


 ああ、くそ。

 なんでアニータが出てくるかな。

 俺を振ったアニータにまだ未練があるということか。

 もう他人の嫁さんになった女に未練たらたらとは我ながら嫌になる。

 どうせ人妻なら、サーシャさんでもいいわけなんだよな。

 アニータとサーシャさんを比較すれば、客観的にはサーシャに軍配を上げる男の方が多いだろう。

 ただ、アニータの父親は有力者で裕福なんだよな。

 せっかく逆玉に乗ったはずだったんだが。


 あの3姉妹の親はどれぐらい裕福なんだろうかという疑問が湧く。

 そんなことを考えても意味はないか。

 サーシャさんは既に人妻だしな。

 待てよ、ミリアムはまだ脈ありかもしれない。

 一応、俺のよく分からないプロポーズに対してお断りはしていたが、なんとなく含みは持たせていたと思う。


 ただ、冷静になって考えてみれば、俺の心証を悪くしたくなかっただけということは想像がついた。

 ミリアムからすれば、メカニックとしての職をオファーされたということの方が意味が大きいんだろうな。

 苦労して電子工学と機械工学を学んだのにレムニアでは宝の持ち腐れ。

 かと言って統一政府に加盟している星系で働くことは難しい。

 レムニアのマギというだけで忌避するものは多いだろう。

 あの外見じゃ宙賊に身を投じるわけにもいかんだろうし。

 

 それに決して仲が悪いわけじゃないだろうが、3姉妹というのも気苦労が多いはずだ。

 実年齢では真ん中なのに、姉がちょっと浮世離れしているせいで実質的には長女の役割を果たさなければならない。

 年が離れていて家族に溺愛されるラムリーと、ものすごい美人のサーシャさんに挟まれて損な役回りばかりしているのかも。


 ミリアムだってかなり可愛いんだけどなあ。

 ただ、常にサーシャさんと比べられてしまうと劣等感を抱いてしまうというのはよーく分かる。

 俺にも似たような経験があるが、成績優秀な兄と比べられた日々は辛かった。

『兄さんは幼年学校を首席で卒業したんだ。お前も頑張れ』

 繰り返されたセリフはほとんど呪いと化して俺にまとわりついている。

 

「船長、計算結果を報告します。残りのエンジュリウムをすべて使えばカンクン1まで通常エンジンで2日の距離の宙域に到達することは可能です」

 それだとこのままダラダラ過ごして、レムニア・ドライブを使ってもらうのと時間的に差が出ない。

 まあ、口が4つに増えたので食料の減りも早いから、そろそろ買っておいた方がいいな。

 農業とその加工が主要産業ということなら質量共に食料も豊富だろう。


 マギたちが何らかの事情でレムニア・ドライブを使えなくなることだってあるだろうしな。

 そう考えるとエンジュリウムも購入しておきたい。

 手元のモニターに表示されているデータによればカンクン1でもエンジュリウムは採掘されていた。


 よし、決まりだ。

 まあ、短時間の亜空間ジャンプなら宇宙酔いも軽いだろう。

 一応通告だけはしておくか。

「こちら、船長」

 あ、そうだ。少し気の利いたことを言ってみよう。

「乗客とクルーに連絡。本船は短時間のジャンプを行います。アウト時の衝撃と宇宙酔いに備えてください」


 やや間が空いて返事が返ってきた

「船長。こっちにあの袋ないんだけど」

「悪いな。G00はこっちにもあと2枚しかない。ストックは倉庫のどこにあったかな。1枚だけでもそっちに回すか?」

 少しの沈黙のあと返事が返ってくる。

「そうする。じゃあ、取りに行くね」


 しばらくしてコクピットの扉が開く音に振り返ると、ミリアムの格好は一新されていた。

 デニムのカバーオールにシャツを着て、その上に革のジャンパーを羽織っている。

 何周目かにリバイバルしている若者に人気のスタイルだった。

 ふわふわと漂ってくると俺のシートに捕まる。

「それじゃ、1枚もらっていくね」

 シート脇のポケットからG00を取り出した。


「それと、事前に言わなかったんだけど、酔い止めのゼリーももらったよ」

「ああ、もちろん好きに使ってくれ」

 すぐに去るかと思ったら、俺の顔をじっと見た。

 そして、首を一振りすると火器管制席に向かっていく。

「ミリアム。何をしているんだ?」

 シートベルトを着用しながらミリアムは答えた。


「ジャンプのときはクルーはコクピットにいるって決まりだよね」

 なるほど。もうお客さんじゃないってことか。

「よく知ってるな。まだ、詳細な雇用条件を決める前だし、そこまで厳格にしなくてもいいと思っていたんだけどな。律儀なもんだ」

「まあね」

「じゃあ、ハイパージャンプするぞ。ミレ、ハイパードライブ起動」


 メインスクリーンが亜空間の映像に切り替わる。

「ということで、ミリアム」

「なんでしようか?」

「職場でこういうことを言うのは倫理規定に抵触するんだけどね、その格好似合ってると思うよ」

「そうですか。確かに人によっては不快かもですね。まあ、でもボクは心が広いから聞き流してあげますよ」

 そう言うミリアムの横顔は少しだけ綻んでいるのだった。

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