第23話 承諾

 俺は一旦大きく深呼吸をする。

 ここは慎重に答える場面だ。

 色恋なんぞに関することはいくらでも上書きできるが、人としてのありように直結する誇りは雑には扱っちゃいけねえ。

 俺の面倒を見てくれていた戦友のヒューゴの言葉が蘇った。

 1つ間違えたら最悪命のやりとりになりかねない。

 もう1度自分の心に問いかける。

 答えは決まっていた。


「もちろん本気だ。俺はこれでも宇宙船乗りの端くれだからな。メカニックの腕が命に直結するのにふざけたことは言わないよ」

 ミリアムは俺の顔をじっと凝視する。

 凄い気迫だった。


「じゃあ、分かった。その話受けます」

 小さな、しかし、確固とした声が部屋に響き沈黙が辺りを支配する。

 ラムリーですら雰囲気に飲まれたのか静かにしていた。

 ミリアムはようやく言葉足らずだったことに気がついたようで慌てて言いたす。

「も、もちろん、ボクがこの船のメカニックになるって話だからね」


 いや、まあ、話の流れとしてそれを理解してない人はいないと思うけどな。

 唐突さに驚いたってだけで。

 そんな俺の認識を覆す発言が聞こえた。

「あら、ミリアム。私は船長さんの結婚の申し出を受けたのかと思っちゃったわ。一緒になればお仕事を手伝うんだし同じことじゃない?」

 ここは1つ訂正が必要だな。


「あー、手伝うというのは違いますね。メカニックってのは独立した責任ある仕事です。その範囲の内容に関しては船長の私も口を出せません。もちろん、サーシャさんは夫婦というのはお互いを助け合うという意味で言ったんでしょうけども」

「ミリアム。ゴメンね。言葉が足りなかったみたい。あなたの仕事も大切なものよね。私が言いたかったのは、プロポーズはどうするのかなあ、ってことだけなの」


 ミリアムの表情はクルクルと変わって忙しい。

 羞恥から怒りと諦め、驚きから喜びと移り変わり羞恥へと1周した。

 こういう場面で考えることじゃないが、美少女の百面相は見応えがある。

 ミリアムはゼリーの空き容器をギュッと捻った。


「却下だよ、却下。ボクは結婚なんてまだ考えてないし、言われてすぐに結論も出ないよ。そもそも、あんな雑な聞き方なんて」

「そう。それは残念ね。ね、もうちょっと船長さんの申し出を考えてあげてもいいんじゃないかしら?」

「お姉ちゃんには関係ないだろ」


「そんなことはないわ。船長さんが自棄を起こして私たちを船から降ろそうとしたら困るもの」

「ナチュラルに妹を売らないでくれる?」

「でも、船長さんはいい人よ」

 ミリアムは深いため息をつく。

「あのさ、いい人と結婚してもいいかなって思う人との間にはもの凄い距離があるでしょ」

「そうなの?」

 俺はどちらかというとこの姉妹の間の心の距離の方が広いんじゃないかと思った。


「えーと、取り込み中に悪いけど、レムニア・ドライブについていくつか技術的な質問があるんだが聞いてもいいかな? 答えられないことは答えなくていいけど」

 話題を無理やり元に戻す。

 ミリアムもこっちの話題の方が良さそうだった。

「いいよ、なんでも聞いて」

「もう1回、すぐに跳ぶことはできるのかな? そうじゃないなら、他の方法を考えなくちゃならない。どこかの惑星まで短距離のハイパージャンプはできると思うけどな。通常燃料の残りの問題もあるし早めに目的地を定めたい」

「えーと、今すぐの再度のジャンプは難しいね。たぶんちゃんと食事を取って1晩か2晩寝れば使えるようになると思うけど」


「そうか。それではどこかの岩石型の惑星に1度寄った方が良さそうかな。エンジュリウムも補充しておかないと。それじゃ俺はコクピットに戻ります」

 テーブルから立ちあがると、ミリアムも腰を浮かせる。

「待って。ここと向こうの部屋の映像と音声がコクピットへ流れないようにボクが制御できる変更を加えるけどいいよね?」


「俺に覗きをするつもりはないが、タイミング悪く映像をつなぐことはあるかもしれない。たまたま着替え中だったりして君たちの信頼は失いたくないな。一応、バスルームとトイレは完全にプライバシーが保てるようになっているけど」

「それじゃ、ボクたちが押しかけているのに悪いんだけど、回線の制御スイッチをつけさせてもらうね。前に聞いたジャンクパーツや工具使っていい?」

「構わないさ。クルーの福利厚生を図るのも雇用者の仕事のうちだ」

 ミリアムは小首を軽く傾げていた。


「あのさ、これからも船長って呼んだ方がいい?」

「どうした、急に?」

「コンピュータもそう呼んでるし、ボクが雇われてメカニックになるならそうした方がいいかなってことを確認しただけ」

「ああ、そのことか。コンピュータは初期化してから面倒くさくて設定してないだけなんだ」

「あら、前はどうされていたのかしら? 声質も変えてらしたの?」

 うふふ、とサーシャさんが笑う。

 あれか。旦那さんのデバイスの声はサーシャさんのものにさせたりしているのかな。


「ああ、味気ないのでリックにしてました」

「それじゃあ、ミリアムもリックと呼ばせてもらったら?」

 サーシャさんの発言にラムリーが手を挙げる。

「私はずっとリックだよ、ね~」

「そうだな、ラムリー」

 ミリアムが口を挟んだ。

「本当はリックさんなんだからね」


「大人の人だからでしょ。それぐらい知ってるもん。でも、私たちは友だちだからいいんだもんね。ね~」

「そうだな。友だちだな」

 チラとミリアムを見る。

 お姉ちゃんも大変だな。

「ラムリーは、ちゃんと他の大人の人にはをつけられるよな?」

「うん!」

 ミリアムは唇をすぼめた。

 一応しつけの面に触れたからよしということなのだろう。


「それじゃ、私もリックって呼んでいいかしら? 私のことはサーシャで」

「あのさ。お姉ちゃんは一応結婚しているわけだよね。ハンツさん以外の男性とは適切な距離を保った方がいいと思うんだけど。お姉ちゃんだって別の女の人がハンツって馴れ馴れしく声をかけていたら嫌でしょ?」

 サーシャさんは人差し指を口の脇に当てて考える仕草をした。

 普通ならあざとさが鼻につくところだが実に似合っている。

「そうね。でも、船長さんはさすがによそよそしい気がするのだけど」

「ボクは船長呼びのままにする」

 ミリアムは力強く宣言した。

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