第22話 舌禍
「それよりも喫緊の課題がある。ミリアム、君たちの体に本当に悪影響はないんだな? 気を失うほど負担がかかるんだろ。今は良くても将来に何か大きな代償を払うことになるのだとしたら俺はどう償いをしたらいいのか……」
俺の問いかけにミリアムは吹き出す。
「やだなあ。そんな深刻な顔をしちゃって。そんなことあるわけないだろ」
「ラムリーはね。体がジョーブなの」
元気一杯という感じのラムリーをサーシャは優し気な目で眺めていた。
「本当に大丈夫なんだな?」
「少なくともレムニア・ドライブを使っていて健康を害したって話はないね」
「でも、意識を失っていたじゃないか」
「ああ。それはこの船の質量が大きかったのと慣れてないからだよ。ボクらが乗って旅をしていた船はもっと小さかったからね。その船で何度も跳んでるんだ。船体の差による負荷の違いを読み違えただけさ」
つまり、レムニア・ドライブを使って宇宙を文字通り飛び回っていたということか。
それなら体に悪影響はないと思っていいのかもしれない。
「じゃあ、ついでに聞くけど、なんで君たちの乗っていた船でレムニア・ドライブを使わなかったんだ。いつでも脱出できただろう?」
「だって、あの砂だらけの星に不時着していたからね。慣性系の中でレムニア・ドライブを使うと大変なことになるんだ。あの星の自転速度は時速1500キロぐらいかな? その速度を維持したまま宇宙空間に飛び出したら、不意にそれだけの速度が予想もしない方向にかかるんだよ。宇宙船は耐えられても中の人間はぐちゃぐちゃになっちゃうね」
「ああ。そういうことか。惑星上では使えないんだな」
「そういうことだね」
「そうだ。レムニア・ドライブはワープアウト時に具合が悪くなることもないんだな? そうか。ミリアムがハイパードライブのワープアウト時に気持ちが悪くなるのも慣れてなかったからか」
先ほどよりはだいぶ表情が落ち着いたミリアムの顔を見ていると、恥じらいを浮かべた。
「そ、そうだよ。みっともないところ見せちゃったけど、初めてだったから」
「まあ、それは仕方ないな……」
反射的に答えながらあることに思い至って声がしりすぼみになる。
そういえば、ミリアムが吐いたときに冗談で、ワープアウト時の宇宙酔いを改善できるやつがいたら即プロポーズをするとか言ったんだった。
「ああ。えーと、あのときのあれだけどね。確かに気分が悪くならない亜空間ジャンプができるようにする相手にプロポーズをするとは言ったよ。だけど、あれは言葉のあやというか。」
「へええ。そうなんですか。船長はものの弾みですぐにプロポーズを口にする軽率な人なんですね」
なぜか急に冷ややかになったミリアムの視線を受け、助けを求めるように見るとサーシャさんが申し訳なさそうな顔をする。
「ごめんなさい。船長さんはいい人だと思うのですけど、実は私はもう結婚しているんです。ですから、申込みをお受けするわけにはいきませんわ」
いえ、そうではなくてですね。妹さんを取りなして欲しいんですが。
確かに残念だけど。まあ、俺みたいな年下はそもそも眼中にないよなあ。
「あ……そうですよね。でも、なんというか、プロポーズはそれぐらい凄いということを表すための表現なので、ぜんぜん気にしないでください」
サーシャさんがアラと言う顔になる。
「マツダイラ船長。私たちレムニアのマギは言葉を大切にします。なので、子供はともかく大人は口にしたことには責任を取らなくてはなりません。船長はもう子供ではないですよね?」
「まあ、こんな外見ですけど、戦時特例で成人扱いにはなってます」
「マツダイラさんは私たちの魔法も使いますから当然マギの教えは守りますよね」
静かな物腰の中に毅然とした態度で圧をかけられてしまった。
「えーと……」
思わず口ごもる。
ラムリーが元気よく手を挙げた。
「じゃあ、私が結婚してあげる!」
おいおい、さすがにこれはノーカンだよな。
首の動きの流れでそのままミリアムに目を向ける。
「ねえ、ラムリー。結婚は大人にならないとできないのよ」
「じゃあ、大人になったら結婚する!」
「そういう約束も大人にならないとできないの」
ラムリーはぷうっと頬を膨らませた。
「嫌っ。私もう大人だもん。ねえ、リック。私と結婚するよね?」
つぶらな瞳で訴えかけられれば迂闊なことはいえない。
レムニアのマギは約束を守るものだと詰められた後ならなおさらだ。
見かねたのかサーシャさんがラムリーをたしなめる。
「ねえ、ラムリー。子供と大人は違うのよ。大人ならピーマンも残さず食べなきゃダメよ」
うーっとラムリーは唸っていた。
目に涙を溜めている。
「じゃあ、いい」
このリック様の魅力をもってしてもピーマンには勝てなかったか。
ホッとするような残念なような複雑な気持ちになる。
でも、これでいいんだ。
これからラムリーが大人になるまで10年間強も婚約者がいるということで俺が女性との交際を制限されるとか辛すぎる。
ラムリーが大人になる頃には俺も30過ぎになってしまうからな。
ふう、危ないところだったぜ。
さすがに年齢差も大きすぎるしロリコンの非難は避けられないだろう。
ひそかに安堵していると、まだ納得がいかない顔のラムリーが攻撃の矛先をミリアムに向けた。
「それじゃ、お姉ちゃんは? お姉ちゃんはもう大人でしょ。リックと結婚する?」
「え? ボク?」
なにその全くあり得ないでしょという顔は。そこまで嫌そうにしなくても。
「それよりもさ」
ミリアムは険しい表情になる。
「プロポーズのことも適当な発言なのだとしたら、ボクにこの船のメカニックにならないか、って言ったのも本気じゃなかったってこと?」
怒ったような表情だが、その目は傷つけられたというように哀しみをたたえていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます