第21話 糾弾
最後まで意識を失っていたラムリーも目を開け、全員異常がないことを確認する。
サーシャさんはふわふわと平常運転だったし、ラムリーは俺に甘えて抱っこをせがんできた。
そこまではいい。
ミリアムは俺に対して非常に冷たい態度を取っている。
「隣の部屋に行こうか?」
雰囲気が変わることを期待してリビングに移動する。
俺も含めて全員が疲弊している感じだったので、体力回復を促進するゼリー飲料のパックを持ってきて配った。
椅子に座ってストローで飲む。
人心地がついたところに波風を立てることはしたくなかったが、俺は重い口を開いた。
「ところで、この船はトラータ星域にはいない。まだ現在地も算出できていないんだが、この原因は亜空間ジャンプとしか考えられない。あれは君たちがやったんだな?」
3人を順に見回す。
正面のミリアムは相変わらず可愛らしい顔を斜めに傾けてつーんとしていた。
その隣のラムリーは口を引き結んでいる。
横に座るサーシャさんはふんわりと笑みを浮かべた。
「何のことでしょう?」
「あなたたちは隣の部屋で手をつないで何かしていただろ?」
「それなんだけど」
向かいの席から不機嫌そうな声がする。
「どうして、コクピットに居る船長が寝室の様子が分かるの?」
「いや、今はそれどころじゃないだろ」
「いーえ。そっちの方が大事です。つまり、船長はボクたちがあの部屋で寝ていた時も覗いて聞き耳を立てていたんですよね?」
今の話の流れでそこに思い至るなんて、頭の回転がいいな。
さて、どうやって応えようか。
そんな俺の逡巡にミリアムがトドメを刺しにくる。
「寝室にも映像と音声用の配線がしてあるのは分かっています」
ご丁寧にカメラとマイクの具体的な位置まで指定した。
こうなるととぼけきるのは無理である。
「なぜ分かった?」
「この船の構造はスキャンしましたから」
ミリアムは俺のことを睨みつけてきた。
「女性の寝顔を覗こうとするなんて本当にどうしようもないド変態です」
「へんたーい」
ラムリーが唱和する。
「ねえ。ラムリー。そんな言葉は覚えなくていいから」
「だって、お姉ちゃんだって使っているもん。リックさんはヘンタイ」
無垢な笑顔とともに宣言されるとさすがの俺も少々こたえた。
うっと言葉に詰まるとミリアムが目を細める。
「幼い子にあんなことを言われて喜ぶなんて……」
「ミリアム。マツダイラさんにも弁解の機会を与えなきゃ。さっきからあなたが糾弾しっぱなしよ」
「トラータ星系へジャンプしている最中、君たちに寝室を使わせたときにカメラで覗き見するような真似は全くしていない。あの時は俺も疲れていたからパイロットシートですぐに寝た。絶対にやってない。信じてくれ」
「どうだか」
ミリアムは俺の顔を視線でひと撫でした。
俺は舌で唇を湿らせると話を続ける。
「だが、先ほどは見ていた。荒っぽく離陸したのと、もし拿捕されたらということが気になったからな。そうしたら3人で手をつないで口を動かしていたぞ。あれはマギの魔法だろう?」
ミリアムはふーっと大きく息を吐いた。
「まあ、リックは私たちがマギ見習いだって知っていたものね。いずれはバレちゃったか。いいよ、教えてあげる。あれはレムニア・ドライブだよ。エンジュリウムを使った亜空間ジャンプに似ているけど、それよりももっと洗練されていて強力なんだから」
そうではないかと疑っていたものの、いざ本人の口から肯定されても信じがたい。
ほら話だと思いたいところだが、ミリアムは真剣な顔をしていた。
「レムニア・ドライブでもワープインからワープアウトって言い方でいいのかな? それにほとんど時間がかかっていないが、どれくらいの距離を跳んでいるんだ?」
「ボクが認識しているところでは、カンクン星域だと思うよ」
「カンクン星域だと?」
俺は情報端末で星図をモニターに映し出す。
メインコンピュータに向かってテラ人類の航路図からカンクン星域のデータと照合するように命じた。
「データ照合の結果……、98%の精度で現在位置の確認ができました。最外惑星のカンクン3より外側を星系脱出方向に推進中。この速度で進んだ場合、隣の星系に到達するのは1500年以上先になります。星間物質も希薄で周囲に船の脅威となる障害物はありません」
「とりあえず、現在地点を中心に周回運動をとってくれ」
なんとか指示を出しながらもコンピュータの回答とモニターの星図に表示されているものに驚きを禁じ得ない。
カンクン星域はテラ人類の生息域の端にあるトラータから中心方向に3分の1ほど進んだ場所にある星域だった。
スポット的に人口が少ないエリアとなっており主要航路からも外れている星域である。
現在地がカンクン星域ということ自体にはあまり意味がないが移動距離が問題だった。
我がミレニアム号がハイパードライブによる亜空間ジャンプで跳べる距離は宇宙船としてほぼ最大である。
そのミレニアム号が最大出力で跳んだとしてもせいぜいこの移動距離の半分が限界だった。
しかも、主観時間として2日ほど亜空間に滞在することになる。
それなのにレムニア・ドライブはほぼ瞬時に通常のハイパードライブによるジャンプの2倍近い距離を移動していた。
航跡を追われていたとしても統一政府の巡航艦が追いついてくるのは、ハイパードライブのインターバルを考慮すると早くて5日後ということになる。
「ねえ、リックさん。ボクが話したことの意味を正確に理解した?」
ミリアムの冷ややかな声に現実に引き戻された。
「ああ。こいつは凄いな」
「感心している場合じゃないよ。謎の長距離亜空間ジャンプ装置を積んだ船。統一政府の関心事がさらに増えたってことなんだから」
冷水を浴びせられたように身震いする。
確かにこの推進装置の謎を解き明かすためなら、統一政府は悪魔とでも取引をしそうだなと思った。
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