第20話 問題だらけ
「現在位置をロストしました。観測していたトラータ星系の恒星及び惑星も消失。航法データをアップデートしてください。このままの航行は危険です」
メインモニターのバックライトも赤く変わって明滅を繰り返しており、耳障りな音も鳴りやまない。
参ったな。
危機的状況のオンパレードかよ。
しかも、今回のは状況がつかめないときた。
戦術ディスプレイから巡航艦が消えたということは、あっちかこっちが亜空間ジャンプをしたということである。
まあ、マイクロブラックホールに落ちた可能性もゼロではないが。
メインコンピュータがこれだけ騒がしく警告しているということは、ミレニアム号がごく短時間の予期せぬ亜空間ジャンプをしたということだろう。
しかし、通常空間へワープアウトするときの感覚が全くなかったのは変だった。
航宙士標準装備G00のお世話になるかどうかは別にして必ず変調は感じるのが通例である。
そもそも、ハイパードライブ稼働に必要な速度が出ていない。
しかも、短時間の亜空間ジャンプならその距離はせいぜいが恒星系内のはずなのに、質量の大きいトラータ星系の恒星や全惑星を見失ったというのは理解しがたかった。
そうだ。
ミリアムたちはどうした?
サブモニターを見て驚愕する。
3人は寝室の床に横たわっていた。
マジかよ。
あっちもこっちもどこでも問題だらけじゃないか。
メインコンピュータに指示を出す。
「エンジンによる加速を停止。あらゆる観測機器を使って周辺の探査を行え。それから異常事態なのは分かったから警報音と画面表示の警告は切ってくれ」
「了解しました」
「俺は居住区を確認してくる。何かあればそちらに音声を回すんだ」
ベルトを外してコクピットを飛び出した。
なんだか行ったり来たりと忙しい。
ドロイドのマーキーが居れば居住エリアの確認を頼んでもいいんだが、壊されたままなんだよな。
その修理代も考えると、大人しく捕まった方が良いような気もしてくる。
エンジュリウムも無ければ手持ちの資金もほとんどなく、あるのは売れないアガルタベリーのゼリーばかりときたもんだ。
本当についてねえなあ。
居住エリアに入って足が床につくと少しだけ落ち着いた。
リビングとして使っている部屋を通り抜けて、寝室に足を踏み入れると相変わらず、ミリアムたちは床に倒れ込んだままである。
先ほどは気づかなかったが、毛布やクッション、枕などをかき集めて倒れても怪我をしないようにしてあった。
ラムリーなんかはでかいクマさんに抱き留められている。
3人とも緩やかに胸が上下しているので生きてはいるようだった。
さて、どうしたものだろう。
やっぱり触れない方がいいよな。
「おい。大丈夫か?」
大きめの声を出してみるが反応がない。
やっぱり具合が悪いんじゃないか?
それで、サーシャさんとミリアムのどちらを先に介抱すべきだろう。
世紀の難問が俺を悩ませる。
体を揺さぶって起こした際にサーシャさんはそのことを咎めそうにはないが、ミリアムは先ほどの事故があるので確実に誤解されそうだった。
マシュマロのような感覚が手に蘇る。
見た目では分からないボリュームがあったな、などと思い出している場合では無かった。
肌にふれたときにどちらかが寛容かという点とは逆に、目を覚ました時にどちらの方が心強いかと言えば間違いなくミリアムである。
サーシャさんは頼りないというほどではないが、どこか浮世離れしているところがあった。
でもなあ……。
さっき引っかかれた首筋が痛む。
やっぱりサーシャさんだな。
横向きになって倒れているサーシャさんの背中側に回った。
ワンピースの袖からむき出しになっている肘に触れてみると温かい。
医者ではない俺に正確なところは分からないが、そのぬくもりになんとなくサーシャさんの身体に異常があるわけではないと感じさせた。
軽く肘を押してみる。
「サーシャさん。大丈夫ですか?」
反応がない。
脈拍を診ようと金色の髪の毛をかきあげてサーシャさんの首筋に触れる。
「う、うぅん」
妙に色っぽい声が口から漏れた。
「何をしてるの。姉さんから手を離しなさい」
鋭い声に振り返るとミリアムがレーザーピストルを構えている。
一応言いつけを守ってトリガーに指はかけていない。
しかし、目はマジだった。
俺はゆっくりと両手を上げる。
「待て。誤解だ。意識がないから脈拍を確認しようとしただけだ」
「嘘よ。姉さんに何か変なことをしようとしていたんでしょ?」
「落ち着け。俺がそんなことをするわけがないだろう。レムリアのマギにそんなことをしたら、命がいくつあっても足りないよ」
にいっとミリアムの顔に笑みが浮かんだ。
レーザーピストルをホルスターに戻す。
「ほんの冗談よ。もし、本気でリックがいかがわしいことをしていたとボクが思っていたなら、今頃はリックの意識はないよ」
「なんだよ。驚かせないでくれ。寿命が縮むかと思ったじゃないか」
額の汗を手の甲で拭った。
「さっき、どさくさに紛れてボクの体を触ったりするからだよ」
「だからあれは完全に事故だったと言ってるだろ。不快だったならもう一度謝るけどさ」
ミリアムは不意にツーンとした表情になる。
「まあ、どうせボクは姉さんほど魅力的じゃないですよ」
「いや、そんなことはないぞ。ミリアムも十分魅力的な女の子だ。って、さっきのはわざとじゃないからな」
「ふう~ん。そんなこと言っているけど、結局のところボクより姉さんの安否確認を優先したわけだよね。口ではなんとでも言えるけど……」
そこに柔らかな声が割り込んだ。
「あら。船長。コックピットにいらっしゃったんじゃありませんの?」
肩にぐいと力が加わる。
振り返ると俺の肩に手をかけて上半身を起こそうとしていたサーシャさんの面輪が急接近し、危うくキスをしそうになってしまった。
ガクンと鞭打ち症になりそうな勢いで後ろに引っ張られ後ろ向き倒れる。
「本当に何をやってるんですか!」
頭の上の方向からミリアムの冷たい声が降ってきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます